見出し画像

三十代にして今度は『八つ墓村』を初めて読んだ感想

 ※当然ネタバレありの感想ですのでご注意ください。
 先日の『犬神家の一族』の感想に軽率なことを書いてしまった。『八つ墓村』について、

 死ぬべき人がほぼ全員死んでから事の真相が金田一耕助氏によって解説されるため、一族の膿は出し切ったぞ!あとは幸せになるしかねえぞ!っていう前向きさに好感が持てて、あんなに人が惨たらしく死んだのに読後感がすっきり爽やかなのがとてもいい。

と書いていたが、『八つ墓村』では春代さんがいたのを失念しておりました。読み終えてから数か月たっているとはいえ不覚でした。ここに訂正しますが、春代さんには生きていてほしかったです。辰弥さんと典子ちゃんとの赤ちゃんを抱っこして微笑んでほしかった。
    では、感想をまとめてゆきます。
 とにかく本を手に取ったはいいものの、表紙が怖い。長年のファンの方はこれがいいんじゃないか!とお思いでしょう。が、深夜お手洗いに立った時にこの表紙を見かけて飛び上がった私の心情を察していただきたい。危うくお手洗いの代わりにお洗濯が必要になるところだった。読み始めたのがたまたま横溝先生の周年記念企画により、復刻版が出始めたところだったようで、漢字一文字の表紙と杉本一文氏の手がけた表紙とが我が本棚には混在しております。
 さて、『犬神家の一族』を読み、(『悪魔の手毬唄』も読み、)有名な『八つ墓村』だ!とワクワクしながら「発端」を読み始めた私の目は数分後にはうつろになっていた。鶴子さんの置かれた状況が酷すぎる。語彙が幼稚になってしまうが許していただきたい。キモい。グロい。最終的に村に居られなくなるのも含めてグロい。でも鶴子さんさえ我慢してくれればっていう村の人の気持ちもわかるので自分自身に対しても嫌悪感。祟り神への人身御供かよ、あんまりだよめちゃくちゃだろなんだよこれ。時代は昭和だろ!魑魅魍魎の出る昔話の時代じゃないだろ?ほんとにもう要蔵の立場が強すぎませんかね。こんなん祟り神じゃん。ていうか亀井さん?鶴子さんの彼氏なんだろお前がんばれよ!いや無理か!もうやだ!たったの数ページでこんなにひどい気分になったの初めて!
 さて、ここで諦めずに金田一先生との邂逅を求めてページを繰ると案外すぐにお名前が出てきてホッとした。そして、この話は後日談として語られるのか、じゃあこの辰弥さんはとにかく惨劇をくぐり抜けたんだな、とりあえずこの人は死なないわけだ、とよくわからない安心感があった。そして、心配していた鶴子さんが優しい夫と晩年(早すぎます……。佳人薄命……。)を過ごせたことにホッとした。それでもPTSDのような症状が出ていて大変気の毒だった。ずっと背中を撫でていた夫さん間違いなくいい人だ。
 村から辰弥さんが呼ばれ、手続きをしている最中におじいさんが殺された時、「もう死ぬの!?」と腰を抜かした。殺戮が行われることは覚悟していたが村に入ってからだと油断していた。そしてその後の怒涛の殺人。そこに田舎の閉鎖社会のいやなところがどんどん出てくる。数年前、日本因習村というハッシュタグがあって楽しんで皆さんのツイートを拝見したが、なんかもうそんな感じ。ただ、もう少し呪術っぽい事柄が絡むかと思っていたが実際はもっと現実的な殺人だったのがちょっと意外だった。
 さて、春代さんだ。村から呼ばれたというのに村でほぼ孤立無援の辰弥さんの数少ない味方でした。ずっと村が呼んだくせに辰弥さんが村から厄介者扱いされてハラハライライラしながら読んでいる私にとっては精神的なセーブ地点でしたね。金田一先生は辰弥さん視点ではなかなかにうさん臭かったのも手伝っていますが。辰弥さんをずっとかばってくれて、場合によっては顔を真っ赤にして弱い体に鞭打ってがんばってらして、本当にいじらしいまででした。勝手に頭の中で黒木華さんをイメージしながら読んでいました。春代さんもっと出てきて!と思っていたら殺されてしまって。最期の言葉を聞いて、恋してたのねあなた、かわいそうに、と。本当に悲しかった。なんとか生きていてくれたら、失恋はしてしまうけれどもきっと優しい伯母さんになっただろうになあと思うのでした。だからこそ、美也子が小指の怪我がもとでのたうち回って死んだときは春代さんよくぞ……!と思いました。『ポケットにライ麦を』でラストの手紙を読んだときに似た高揚感がありました。試しに自分の小指をくわえてみましたが、女の指とはいえかなり思い切らないと深手は負わせられなさそうですよ。アドレナリンが出ていたのねきっと。天国では元気な体で楽しく過ごしてみんなを見守っていてほしいです。
 これは個人的なことになりますが、私は閉所恐怖症の気があるようで、すぐに外に出られない場所が苦手です。トンネルもあんまり長いと「ここから出して!!」という気分になりますし、息が詰まりそうになります。ですから『八つ墓村』で人々が結構簡単に鍾乳洞内を通ったりなんなら乱闘したりしているので、「みんなすごいなぁ……。」と思っていました。入り口近くならともかく奥深くまでは……。辰弥さんはかなりの期間を鍾乳洞で過ごしたわけですが、それだけでもうすごいなと。そしたら落盤でしょう。典子ちゃんと二人とはいえ無理ですよあんなん。エンタメが過ぎる。後日談という体があるから助かるのはわかってはいても「終わった!」感が凄くて。地下深くの鍾乳洞で落盤で閉じ込められる。もうだめだ!想像しただけで動悸がしてきました。救出されてほんとによかった。諏訪弁護士が急に再登場したのには戸惑ったけれど、なんとなく嬉しかった。
 それから感想の冒頭で亀井さん!あんたなんとかしなよ!といったことを書きましたが、雲隠れのままで横溝先生が終わらすはずはないと思っていたら、お坊さまでしたか。修行と悔恨の日々ではあったのね、と多少納得できました。祟り神に彼女を取られたらそうするしかないか。若夫婦の新居についていかない思慮深さもよかったです。
 読んでいてずっと不安でイライラして猜疑心も出てきて、辛いことがたくさんあったのに、不思議と読後感がよくて、それは未来ある二人の門出だったり村が開けていく予感であったりがもたらすものなのでしょう。それにしても『夜歩く』のすぐ後に『八つ墓村』の事件って金田一先生もかなりのハードスケジュールでしたね。今度こそちゃんと「静養」してほしいようなしてほしくないような。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?