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第2外国語で選択したドイツ語はもちろん英語もまともにしゃべれないのだけれど・・・ま、田舎の方言はネイティブ というような話【KOZUKA 513 shop paper vol50 2023/06】

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学生の時「第2外国語」という単位があって ドイツ語を選択した
他の言語に比べて簡単に単位がもらえるという噂だったから
(それなのに試験を寝坊してすっぽかして 再履修することになった…)
2度も同じ授業に出ていたくせに 覚えた単語は4つだけ
「Baum」「Kuchen」「Katze」「arbeiten」
「木」と「ケーキ」でバウムクーヘンか
アニメのガッチャマンに出てくる悪党は「猫」だったのか
「アルバイト」はドイツ語だったのか と 
それぞれ強烈に感心したので覚えている
もう少し真面目に授業を受けていたら
日常会話くらいできるようになったのだろうか
いや それは無理か
中高の学校教育の中でみっちり学んだはずの英語でも 日常会話には程遠い
もちろん自分の素質素養によるものなのだけれど
 
外国語にしても方言にしても
何かしら複数の言語を理解し使えるということは
豊かなことなのだろうな と最近になって改めて思う
昨年の6月号で 『ひまわり』という映画のことを書いた
ヒマワリは日本語で 日輪草 日車草
英語ではSunflower フランス語でSoleil  イタリア語でGirasoli・・・
違いはあれど それぞれに「太陽」に関係するのが面白い
いまだなんとなく不穏な空気感のある世界情勢ではあるけれど
言語や文化の違いを超えて 太陽の光を分かち合う
そんな世界であったらいいなと思う
 
6月 KOZUKA 513のBaumたちは ますます元気
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義務教育+αで散々学んできたはずの英語だけど、全然できない。もちろん、海外に行く飛行機の中で、機内食に「ビーフ」を頼んだり、赤ワインを頼んだりすることぐらいはできると思う。一方的に言うのは何とか言えるのだ。
ところが、例えば、イギリスのちょっと田舎の街で、その街で有名なお城を見に出かけて道に迷ったとする。近くを通りがかった人に道を尋ねることはできる。ところが、親切丁寧に教えてもらったはずが半分も理解できない。
たぶんだけど単語や文法が難しい訳ではなく、「日本語に置き換えて理解しよう」とする自分の脳みその具合がいけないのだと思う。

自分に全く語学の才能がないのか、と自問したとき、いや、でもなぁ、自分の田舎の言葉・方言に関しては実によく理解できる。なんだったら同時通訳ぐらい簡単にできる。決して才能がないとは言えないのでは、と思う。

自分の田舎の方言は、例えば津軽方言や薩摩方言のように国内でも難解とされる言語に比べたら少しは他地方の人が聞いても内容の想像はつくと信じているけど、やっぱりそうとう訛っている。独特な単語が多々あるし、助詞の使い方は共通語からかけ離れているし、イントネーションやアクセントもまるっきり異なっている。はなはだしいのは省略された会話で、
「かきく?」「け」「こ」
これで立派に会話が成り立っているという不思議。通訳すれば、
「柿食べる?」「食べれば」「食べようよ」
ということになる。ちなみに「牡蠣」でもいいのではと思うかもしれないが、「柿」と「牡蠣」では共通語同様イントネーションが違うので、現地では混同されない。そして、一般的には「牡蠣」を食べようと誘うシチュエーションはまれで、「庄内柿」を食べようと誘うシチュエーションは頻繁にある。


外国語について書いたはずなのに、+αの方言の話の方が長い・・・

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