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【好きなもの100個発見伝】#9 ベーグルが好き

ベーグルは美味しい。

と、ほんの3か月前までは思っていなかった。
美味しいか、美味しくないかと聞かれれば、美味しいんじゃないんですかねと答えるレベル。
ベーグルさんには失礼な話だが、別に好きでも嫌いでもない、パンの種類、くらいにしか思っていなかった。

それがなぜベーグルが好きと宣言されるくらいまでに登り詰めたのだろう。
答えはとっても単純で、作れるようになったから。

アメリカに引っ越すこと、専業主婦になることが決まって、もともと趣味があまりない私は、家事を済ませてからの時間を過ごす方法を真剣に考えた。なんなら、引っ越しそのものより真剣に考えていたかもしれない。

今までの人生、学業や部活、バイト、インターン、仕事といった、割とその時においての「本業」さえきちんとしていれば、人生どうにかなるだろうとタカを括っていたところがあった。友達と遊んでいる時間も大好きだったし、旅行や出かけることも大好きだったけれど、一人で、家の中でできる「遊び」は私のコマンドにゼロだった。強いて言うなら読書が好きだったが、そんなにたくさんの本を、その他の日用品を押しのけてまで段ボールに詰めて太平洋を渡らせたいわけではなかった。

色々と考えて、刺し子、塗り絵、ゲーム、などに「趣味候補生」としてアメリカについてきてもらうことになったわけだが、その中で一番続いているのがパン作りだ。

作り方はYouTubeでいくらでも出ているし、材料だってアメリカで買える。なんなら日本に輸出しているくらいなのだから、アメリカの狂ったような物価高でも、買えないことはないくらいの値段で買える。(参考までに:2024年6月現在 最寄りのスーパーで売っている、オーガニックではない普通のベーグル6個入りが約$8(≒1248円)=オーガニック強力粉2.27kg)
道具だって、普段の料理に使っているものを使うから特別用意する必要はない。そして何より、完成品が食べられる。私の「趣味になるための条件」に当てはまったのが、パン作りだった。

幸か不幸か、アメリカで一般的に売られている食パンなど多くのパンは、独特の酸味があり(アメリカで広く流通しているsour dough、酸味のあるパンではないパンを買っているのだが…)、夫や私の口には合わず、私のパン作り欲は加速した。

そんな中、最も登場回数が高いのがベーグルだ。
たまたまなのだが、YouTubeで検索した時に一番最初に出てきたレシピがベーグルで、それが一番簡単そうで、美味しそうだったから作り始めた。当然、最初に作ったことがあるレシピが一番慣れるのが早い。具やトッピングも成形の時に混ぜ込むだけなので、アレンジもしやすい。夫も喜んでくれる。(心の中ではもう飽きてきているかも…?笑)私の中では、手軽に「何かした感」を得られる趣味として焼かれるにはもってこいのパン、というわけだ。

ここまで書いていて改めて思うが、私はこれまで、趣味を始める理由があまりわからなかった。真剣に、仕事(本業)とそうでないもの、の2つしかなかった。だから、面接や初対面の人とする導入トピックNo. 1、「趣味はなんですか」に本当に困ってきた。いつも苦し紛れに「料理です〜アハハ」と答えてきたけれど、別に毎日食べるために作っているし、楽しみのために作っていたわけでもない。別に、趣味がなくて困ることといえば、そのトピックが振られてちょっと困るくらい、そんな時間は合計したって人生のうち1時間もないだろう。
だけど、いくら慣れない海外に住むとはいえ、子どももいない、友達もいない、掃除や洗濯も午前の数時間で全て終わらせられてしまう、いわばラプンツェル的生活がやってくることが分かれば、話は別だ。いろんな国で仕事をしたり、勉強したり、インターンに行ってみたりしたけれど、こんな状況は経験したこともなかったし、想定すらしていなかったから、今までなくても困らなかった「趣味(余暇の過ごし方)」がデーンと大きく立ちはだかった。休職中にもよく言われた、「趣味に時間を使いなさい」というのはこういうことだったのか…となんだか伏線回収した気持ちになっていた。

本当に贅沢な悩みだったと理解しているけれど、困っていたことも確かで、でもこんなことを悩んでいるというのも烏滸がましい、という不思議な時間を過ごしていた。大学院生の頃、お金がなくて100円のおにぎりも買えず、広島の田舎で空腹に耐え泣きながら朝を迎えた、ほんの数年前の自分には口が裂けても言えない。

それでも、YouTubeと、あのレシピを発信してくれたあの女の子と、懲りずに美味しいと食べ続けてくれている夫のおかげで、私は無事、趣味がある人間に昇格できた。そして、そのベーグルを売るとか、他人に見せるとか、そういう「本業」にしなくたって、完璧に作らなくたっていいんだよ、と言える人間に昇格できた。

ベーグルは、美味しいだけじゃない。
私のレベルアップの象徴だ。

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