短編小説『暇になって発見が多い』

こういう生活を続けていてはいけない、と半田はんだは思った。
長年の職を辞して以来、部屋で寝たり起きたりの生活を繰り返している。
もう半年近くなるだろうか。
己の天職だと、自他ともに思っていた職を離れることになり、まだ気持ちの収まりがついていない。
些細な行き違いから、職場の人間関係がこじれたことが、半田の退職の原因だった。

「天職が駄目になったのに、次は何やって生きたらいいんだろうなあ」

部屋の天井の木目を目で追いながら独り言ちた。
前職に就くにあたって上京し、それ以来住んでいるワンルームの賃貸住宅だった。
天井の木目が、渦を巻いているのを始めて知った。
部屋に住み着いてから10年。
布団に横になったまま天井を見上げることすらなかった。
毎日、床に就けばすぐ熟睡に入っていたからだ。
このところは眠れないので、天井の模様が網膜に焼き付きそうな気さえする。
木目の渦を目で追っていると、それなりに面白い。
だがいつまでも木目を見てはいられない。

「何かしなければ」

とりあえず口で言うのは簡単なのだが、何をやっていいのか見当がつかない。
退職して半年、貯金の額は日に日に目減りしている。
その額の目減りを、これ以上黙って見ているわけにはいかなかった。

翌日の朝方。
半田は家の近くの公園のベンチに座って、遠くを眺めていた。
住宅地の中にあって、児童向けの複合遊具が一つ、敷地の中にベンチが二つあるだけの、小さな公園だ。
公園には半田以外に誰もいない。
今日はいい加減、何か行動を起こさなければ。
そう覚悟して出てきた。
空気が冷たい。
まだ、春になったのかどうか、はっきりしない気候だ。
半田はジャンパーで上体をくるみ、背中を半ば丸めて座って、上目遣いに遠くを見ている。
空には雲ひとつ浮かんでいない。
いい天気だ。
視界の先では、並ぶビル群の頭を通り越した遥か遠方に、小さく富士山の、雪を被った白い山頂が突き出していた。

「びっくりしたよなあ」

住んでいる地元の公園から、街のビル越しに富士山が見えることを今、初めて知った。
半田は、人一倍、富士山の威容が好きなのだ。
自分の地元も捨てたものじゃなかった、と思う。
賃貸住宅が安く借りられる相場の街で、生活の不便が多い。
治安もいいとは言えず、寝るためだけに帰っているような街だった。
どうも、暇になってから、身近なことに発見が多い。
これはいいことだ。
とは言え、忙しく働いて当座の生活を成り立たせるのと、暇にして飢えていきながら身の回りに発見が多いのと、どちらかを選べと強いられたら、半田も当然前者を選ぶのだけれども。

「あれ、待てよ」

脳裏にひらめくものがあった。
半田はベンチから立ち上がった。
歩いて、公園の入り口に戻った。
入り口の脇に、公園の名前が銘打たれている。
「富士見公園」とあった。

「やっぱりそうだ。そういうことだった」

思わず口に出していた。
富士山が見えるから富士見公園だ。
半田は、ここ半年で珍しく興奮した。
木目の模様、富士山。
次は、もっといいことが待っているに違いない。
半田は、そう自分に言い聞かせた。

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