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けめたんと好子

はじめに
好子はよく冗談めかして言ったものだ。「死ぬる薬をくださいや」と。介護士はいつも笑いながら答える。「冗談はやめてくださいよ、そういう薬はないんですよ」と。好子は笑って、「薬ないんかね、それなら仕方ないのう」と返す。そんな彼女の心は、静かに過去を思い返していた。

今日は土曜日。息子夫婦が訪れ、洗濯物の入れ替えをしている。孫夫婦と曾孫も来て、施設のカフェで談笑している。好子の車椅子で曾孫が遊んでいる間、彼女はカフェの椅子に座っている。

けめたんと好子の深い対話
けめたんは、窓辺から穏やかに近づき、好子に話しかけた。「こんにちは、好子さん。あなたの長い人生に、たくさん学ぶことがあると思って、ここに来ました」と挨拶を交わした。

好子は一瞬の驚きを見せず、「あんたぁ、けめたんと言うんじゃね。なんともかわいらしい」と温かく返した。

けめたんは優しく質問した。「これまで生きてきて、最も重要だった決断は何ですか?」

好子は思い出にふけりながら答えた。「そうね、それまでの農家をやめて、商売を始めたことじゃろう。高宮から広島へ移ったこと。それが一番の決断じゃった」
続けて「長男は早くに亡くなったんよ。次男は子供の頃、体が病気がちじゃったからの、次男には農家は無理かなと思ってな。だから田畑も家も売って、広島で商売を始めたのよ」

「その決断が、良かったですか?」とけめたんが探った。

好子はしみじみと語った。「私はもともと商売しとる家の出じゃけ、農業より商売が向いておったかもしれん。商売を始めて家族を支えることができた。決めたら、やりきらんとね。今は元気な曾孫もおる。私には、これ以上のものはないんよ。よう生きた。良かったかは子供らが決めることよ」

そばで遊んでいた曾孫に、彼女は本家から分家以来の歴代の名前を順に数え上げ、「あんたで五代目じゃ」と優しく微笑みながら語った。

好子はけめたんに、戦時中に予測して物資を確保したエピソードや、一家の歴史や今の場所に自宅を構えた理由などを共有し、生き抜くための知恵よ勇気について語った。けめたんは彼女の逞しい生き方に感銘を受けた。

結末
夕暮れ時、けめたんは「好子さんの生き方は、これからも家族が語り継ぐことでしょう」と告げた。好子は「ありがとう」と言ってアメ玉を一つけめたんに渡した。

家族との別れを見届けた後、好子は施設が飼っている犬と少しじゃれあってから、自分の部屋に戻った。
過去の決断は自分だけじゃなく、先祖や家の歴史による決断だったと確信している。それが今の平穏をもたらしたことを、好子は心から感謝していた。

「あの世の方が知り合いが多いけど、もう少しこっちで待つかね」と好子は穏やかにつぶやいた。

けめたんは、好子にもらったアメを忘れていきました。

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