JIUJITSUに救いはあるか?

クレイグ・ジョーンズがポッドキャストで述べた次の発言が話題になっているらしい(下記動画の57:00~)。

 「JIUJITSUは私の人生を助けてくれる」とプリントされたTシャツを着ているアホがいる。俺が請け合ってもいいが、JIUJITSUは君の人生を助けるよりもむしろ破滅させることの方が圧倒的に多い。
 人々はJIUJITSUのせいで人間関係を壊し、練習するために仕事をサボって解雇されたりする。そして、JIUJISTUを練習するためにより給料の低い仕事に移ることが素晴らしいことだとさえ見なしている者もいる。
 JIUJITSUは君の健康にも良くない。背中にも、首にも、膝にも、肘にも悪い。
 多くの人々がJIUJITSUを練習するために、高い給料を捨てて、生活レベルを下げて(練習時間を捻出しようとして)いるが、そいつは「馬鹿(dumb)」だ。プロのJIUJITSU競技者で年10万ドル稼いでいるのは世界で5人くらいしかいないだろう。人生をそうした馬鹿げた選択の犠牲にする前に、自分に問うて欲しい。「これまでの仕事を捨てて、JIUJITSUに人生全てを掛けようとするほど自分は馬鹿なのか?」と。「世界チャンピオンになって、いくつかの道場を開く」というようなJIUJITSUのキャリアパスはもう存在しない。ゴードン(・ライアン)が、プログラップリングの賞金や教則で食べていくという道を示してくれたし、俺もその道を行っているが、君は20代ならまだしも30になって体中に怪我を抱えて、「ああ、9時5時の仕事でもっとましな収入を得ていればよかった」と残りの人生を怪我の痛みと共に生きるのを後悔するのがオチだ。」

 私はDDS解散の原因を作ったクレイグの極端に個人主義的な言動がこれまであまり好きになれなかったのだが、彼のこの発言を聞いていると、彼には彼なりの言い分があるのだろうと感じた。

 
 「BJJ STARS」というWNOを模した大会がブラジルで定期的に開催されているが、前回のトーナメントの優勝賞金を調べてみたら約4万ドルで、それ自体としては高額であるが、UFCのファイトマネーとは比較にならないほど安い。
 まして、ムンジアルとなるとエントリー料から会場までの渡航費や旅費まで全て参加者が払わなくてはならない。
 下の記事でカイナン(・デュアルテ)が述べている「ムンジアルの優勝賞金が5000ドル」というのが本当なら、渡航費等の経費を差し引けば優勝しても手元には賞金がほとんど残らないか、マイナス分は持ち出しになってしまう場合の方が多いだろう。


 プロとしてJIUJITSTUなりグラップリングで食べている選手は、冒頭で引いたクレイグの言に見られるように食うために必死なのだろう。だから、皆ステロイドを始めとするPEDに手を出さざるを得ないし(「勝つためにステロイドをやる」というより、「(周りは皆やっているから)負けないためにステロイドをやる」という状況なのだと思う)一見金に汚いように見える彼らの発言もIBJJFが試合の放映料で稼いでおきながら、それを選手に対して全く還元していない点を考えれば、選手は自分で自分の食い扶持を守らなくてはならないのである。
 クレイグのようなトップレベルのグラップラーは、本人も言うようにプロの試合の賞金とスポンサーのおかげで食べていけるが、これから柔術で食べていこうと考えている人々は、PEDを使用し、試合に勝って、プロの試合に継続的に呼んで貰えるようにならないと食べていけないというのはかなり歪んだ世界だと思う。柔術で食うためには賞金稼ぎにならざるを得ないし、柔術で食うために対戦相手を食い物にしないといけないというのはまるでT-REXが活躍した白亜紀のようである。
 
 冒頭のクレイグの話に戻ると、クレイグはあくまでも柔術で食っていくことの厳しさを説いているわけだが、私が知っている範囲でも、アマチュアなのに仕事をしないで、柔術の練習を生活にしている人も実際にいる。勿論、そういう人は(少なくとも日本では)圧倒的少数派なのだが、それくらい練習しなければマスタークラスであっても全日本は獲れないのだろう。
 柔術に熱心に取り組んでいる人の熱意に水を差す気はないし、努力を否定する気は毛頭ないが、柔術で食べていくのは無論の事、試合で勝つという一事だけでも、毎日のように二部練をこなせるような人でなければ今後は難しいと思う。
 トム・デブラスが彼の教則の中で「私は(MMAと柔術を掛け持ちしていたから)柔術は週4回、一日3時間で世界(マスター1・ノーギ)を獲ることが出来たが、今その練習量ではとても世界では通用しないだろう。試合に勝つことが人生の全てではないのだから、君たちは何よりもまず柔術を楽しんで欲しい」と言っていたのを思い出したが、トム・デブラスの念頭には、アメリカでは日本とは比べ物にならない位多くの人が仕事を捨てて、柔術にのめりこんでいる現状があるのかもしれない。
 柔術は技量が上達し、強くなれば楽しいが、その強さを他人と戦って試合で証明しようとなると、いきなり難度が跳ね上がる。たとえ自分が週5日ないし6日練習していたとしても、色帯レベルであれば対戦相手もほぼ確実に同量の練習量をこなしているからである。
 それだけの練習量をこなして試合に勝っても、一円も手に入らない。それで一生苦しむような怪我を負ってしまえば目も当てられない。まして、上に行けば行くほど、クレイグやカイナンのような賞金稼ぎと試合をする確率が上がる。
 柔術の楽しみ方は人それぞれだと思うが、試合を通じて自己実現を図ろうと思っているのであれば、BJJ界におけるこのような状況は頭に入れておいた方がいいと思う。
 

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