合気と柔術 -スタンド編-

1 「合気」という言葉は多義的である。合気会合気道で「合気」とは、「捕りと受けが呼吸(気)を合わせるようにして技をかける」ように見える事からその名が付いた、と聞いている。いわば、外から見た「合気」概念である。
 私が以前稽古していた古流柔術では、「合気」という技法について、「捕りが受けの神経系に働きかけ、受けの無意識の反応を誘発して、それを利用して掛ける技」を総称する言葉として用いられていた。これは、内から見た「合気」概念と言えよう。
 さて、武術に心得のある人が「合気」という言葉を聞いて、まず思い浮かべる技法のひとつに「合気上げ」がある。

 私は有満先生の手を直接取らせて頂いた事がないので、この動画の「合気上げ」が本当に掛かっているのか分からないが(「合気」系の技は理合が間違っていれば見ただけでフェイクか否か分かるが、本物かどうかは実際に自分で手を取ってみなければ分からない、と私は思う)、こういう技は見たことがある方もおられるかと思う。
 「合気上げ」について言えば、自分の体験からして実在するし、その習得には長い時間を掛けた稽古が必要である。そして、稽古すれば誰でも習得出来るものではなく、一種の才能が必要である。私も「合気上げ」は結局マスター出来ていない。
 だが、古流合気道系を稽古されていない方からは「では、その合気上げはMMAや喧嘩で使えるのか?」という疑問が当然湧くだろうと思う。
 結論から言えば、「合気上げはMMAでも喧嘩でも全く役に立たない」と私は考えている。MMAであれ、喧嘩であれ、まず相手がこちらの腕を掴んでくる事など現代ではないからである(受けが捕りの手を掴むのは、捕りが脇差を抜くのを防ぐためだと私は習った)。

2 MMAのような「スポーツ」格闘技では、リング上で二人が向き合って、「ヨーイ、ドン!」で試合が始まる。
 これに対し、「合気上げ」は受けが捕りの手を取った時点で既に技が掛かっている。捕りが「この手を取りなさい」と自分の腕を差し出した時点で、技は起動しているのである。 
 受けが捕りの腕を掴み、捕りが「合気上げ」で受けを浮かせる、という一連の動作は、「スポーツ」的な「ヨーイ、ドン!」の発想から考えれば、受けが捕りの腕を掴んだ時点が「ドン!」になるだろう。
 だが、実際には捕りが腕を出した時点、つまり、まだ受けが何もモーションを起こしていない時点で、「武術」的には試合が始まっている。
 この「スポーツ」と「武術」の時間概念の違いを理解していないと、古流合気道系の技術の価値は分からないと思う。
 
 以上の話を踏まえた上で、「捕りが受けの神経系に働きかけ、受けの無意識の反応を誘発して、それを利用して掛ける技」という意味での「合気」概念をBJJでどう生かしたらいいのか?というのが本稿の主題である。

3 「小手返」という技がある。合気道系では非常にメジャーな技だ。残念ながら「突きに対する小手返」のいい動画が見当たらなかったので、「小手返」という技のイメージを掴んで頂くために「片手捕・小手返」で代用する。

 この技も受けが捕りの手を掴んでくる際に、自分から姿勢が崩れている。その崩れを生かして、捕りは受けの「小手」(注1)を返している。 

注1)武術用語で肘から指先までを「小手」、肘から上を「高手」と呼ぶ。

 大東流の技は、基本的に「正面打ち」「横面打ち」「突」「片手捕」「両手捕」等々受けが攻撃を仕掛けて来たのに対するカウンターがメインになる。
 要するに、相手(受け)が攻撃を仕掛けて来た際に生じた「崩れ」を捕りは利用して技を掛けているのである。
 裏を返せば、相手が(柔道でもBJJでもいい)自然体で真っすぐ立っているのに、彼の手を捕まえて無理やり「小手返」に行っても、絶対に「小手返」はかからない。というより、相手の手を捕まえる前に、自分の姿勢が崩れて投げられてしまうだろう。
 子供の頃から柔道をやっていた方から「柔道は組んで、相手を崩してしまえば、あとはどうとでも投げられる」という話を聞いたことがある。
 私は柔道未経験者だが、投げるのにもまず相手を「崩す」ことが必要だというのは立ち技に共通の鉄則だと思う。逆に言えば、自分がどれだけ相手より図体が大きかろうと、力が強かろうと崩しも無しに相手を投げる事は不可能だという事である。

 「投げ技には崩しが不可欠」という話を頭の片隅に置きつつ、次のエピソードを読んで欲しい。
 過日道場の若い子から「(スタンドで)ハンドファイトからロシアン・タイ(注2)や「アームドラッグ」(注3)にどうやって繋いだらいいのでしょう?」という質問を受けた。

注2)

 「ロシアン・タイ」はサンボの技術である。上の動画では、「ロシアン・タイ」で相手を固定して、そこから「隅返」に投げているが、本稿の話を理解する上では「ロシアン・タイ」のイメージさえ掴んで頂ければ充分である。
注3)

 元はレスリングの技術だそうである。「2on1」とも呼ばれている。
 
 「ロシアン・タイ」であれ、「アームドラッグ」であれ、その技術を習得するだけなら打ち込みをすればよい。
 彼の質問の趣旨は「スパーが始まって、ハンドファイトの間合いからロシアン・タイやアームドラッグを取るためにどうやって相手との距離を詰めればいいのか?」という点にある。
 そう、上の動画を見て頂ければ分かるが、「ロシアン・タイ」も「アームドラッグ」も相手の腕(袖)を掴んでからの技である。何が言いたいかと言うと、スパーなり試合が始まって、両者が向き合った時点では、相手との間に必ず一定の距離がある。そこからテイクダウンを取りに行くにせよ、引き込むにせよ、まず相手との距離を詰めなければならない。
 この「相手との距離の詰め方」について解説している人ほとんど見たことがないが、スタンドで一番重要なのはこのポイントだろうと思う。
 先に「小手返」を例に、相手が仕掛けてくれれば、その崩れを利用して投げられるが、自分から動いて相手の手を取ろうとすれば、崩れて相手に投げられるという話をした。その話の延長から出てくるスタンドの戦略のひとつは、「自分からは強い姿勢を保持したまま動かず、相手が仕掛けて勝手に崩れてくる」のを待つというモノである。グレイシー的な発想もこれに近い。
 だが、それだけでは「ルーチ(待て)がかかる」とか言われる向きもあるだろう。本稿で伝えたいのは、自分が崩れずに相手の崩れを引き出す「合気」の技術である。
 大東流に「木葉返」という技がある。大東流では本当に珍しい自分から相手に仕掛ける技である(「掛手」という)。

 「木葉返」の場合、捕りが自ら受けに対して手の甲で面を打ち、これを防ごうとした受けの手を二ヶ条に極める。
 私が伝えたいのは、この技の技術解説ではなく、「掛手」という技術に込められた「合気」の考え方である。
 興味のある方は、道場で次のようなテストをやってみて欲しい。まず、相手と向き合った状態で(お互い自然体)、自分から片手で相手の肩を軽く押してみる。
 もしそのまま相手が後ろによろめいて倒れるようであれば、組み付いてそのまま倒せばよい。
 だが、9割以上の相手は、よろめいて後ろに倒れるのを防ぐために「無意識に」その場で踏ん張ろうと上体を戻すはずである。
 この相手が「踏ん張ろうと上体を戻す」瞬間(コンマ何秒の世界だが)に相手は崩れて、その手はがら空きになる。
 相手の肩を軽く押し、相手が戻ろうとしたコンマ何秒かに距離を詰め、相手の手を捕って、「ロシアン・タイ」なり「アームドラッグ」に行けばよい。これが道場の子から受けた質問に対する私なりの回答である。 
 冒頭で「合気」とは、「捕りが受けの神経系に働きかけ、受けの無意識の反応を誘発して、それを利用して掛ける技」と定義したが、何も「合気上げ」だけが「合気」技なのではない。「合気」とは一種の意識操作である。「合気」技をそのままMMAや柔術で使えないからと言って、それを否定する必要はない。「合気」とは何か?が分かっていれば、「ロシアン・タイ」にも「アームドラッグ」にも応用できる。古流柔術を10年以上熱心にやっていたが、無駄ではなかったとその時思った。


追記。頂いたコメントへの私なりの「回答」を述べる。「ロシアンタイ」について、引用した動画が例として不適切であった。差替え前の動画では「ロシアンタイ」がサンボの技術である事がハッキリ述べられていなかったし、「ロシアンタイ」は相手の肘を「くの字に曲げて」自分の胸に付ける事で、その肘を極めて(「アメリカーナ」と同じ原理である)相手を制する技術である。サンボではこの「ロシアンタイ」はそこから多種の投げに繋ぐ一種のポジションと見做されているとサンビストの方に以前伺った。
 したがって、「2on1」のように相手の肘を制していない(1つだけ制しているように見えるテクニックもあるが)レスリングの技術とは別物であり、その理合を説明するために動画を差し替えた。
 サンボの技術に興味のある方は、差替え後の動画で「ロシアンタイ」を解説されている足立先生の動画を参考にしてみると良い。


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