全国小学生学年別柔道大会廃止の報を受けて

1 10月2日付の日経新聞(12面)に「脱・勝利至上主義のうねり」というタイトルで次のような記事が記載されていた。少し長いが引用しよう。

「3月、全日本柔道連盟(全柔連)がくだした小学生の全国大会の廃止という決断は勝利一辺倒の思潮に、待ったをかける動きとして注目された。
 親や指導者が勝負にのめり込み、不利な判定をした審判に罵声を浴びせたり、無理な減量をしたり、という例があったらしい。しかし、それ以上に全柔連の決断を促したのは競技の根幹が損なわれかねないという危機感だった。
 自分有利の体勢になるための組み手争いに終始し、技をかけるより、優勢にみせるためのテクニックに走る。これではきちんと技をかけ、一本を取る正統な柔道は育まれない。自分さえよければ、という柔道では相手を思いやる心も置き去りになる。
 今度の決定に関わった田中裕之・全国少年柔道協議会中央委員会委員長は「人を制する技術を磨く武道では、試合にも稽古にも危険が伴う。だからこそ先人は相手への思いやりと敬意を大切にしてきた。まずはその礼節がなくては」と話す。」(注1)

 私は、子供の頃から柔道がやりたかった。柔道をやっていた父から「柔道やると背が伸びなくなる」という俗説を説かれて、結局今でも柔道をやらなかった事を後悔している。
 だから、柔道をやった事はないが、柔道の試合を見るのは好きである。

2 オリンピックでフラビオ・カント(注2)のようなBJJ経験のある柔道家が活躍し、近年のルール改正によって寝技を見る時間が長くなったためか、私が所属する道場にも「寝技を強くするため」等の名目でBJJを始める柔道キッズが増えている。
 それでも、新聞の地方欄を見ると、私が子供の頃と比べて、インターハイの団体戦に出場する高校の数は半減しており、女子の団体戦に至っては5人から3人にメンバーを減らさなければ、トーナメントが組めないような状況になっている。
 今では日本の柔道人口はフランスの半分以下。ドイツよりも少ないとの事である(注3)
 もし、オリンピックでメダルを取る事だけが柔道の目的ならば、全柔連は今回のような決断はしなかったはずである。
 たとえば、旧東ドイツやソ連のように国家ぐるみでエリート養成機関を作ってそこにリソースを集中して選手を育成すれば、たとえ柔道人口が少なくても、一定数のメダルは取れるだろう。

3 「勝利一辺倒の思潮」「親や指導者が勝負にのめり込み、不利な判定をした審判に罵声を浴びせ(る)」といった現象はBJJの公式試合でも見られる。
 BJJの場合、キッズカテゴリーの試合そのものの歴史が浅いせいもあって、応援する親はBJJ未経験者の場合が非常に多い。つまり、BJJの試合ルールもよく知らずに、我が子がパスされただけで「何やってんだよ!」と叫んだり、「あ~あ~」と嘆息しているのを耳にすると、試合に出ることが子供にとってはストレスにしかなっていないのではないか?と思えてくる。
 柔道の大会を生で観戦した事がないので、あくまでも私の推測でしかないが、同じような現象は少年少女の柔道大会でも起こっていたのではないだろうか。
 これでは、子供たちは誰のために何のために柔道(あるいはBJJ)を稽古しているのか分からない。親のために嫌々やらされている子も少なくないのではなかろうか。
 今年大ブレイクしたBJJの選手にミカ・ガルヴァオという19歳の若者がいる。彼は2歳でBJJを始め、今年19歳でムンジアルを制覇。ADCC77kg以下級で2位。という輝かしい結果を出した(注4)。何でもBJJ黒帯の父から「お前はハイスクールに行かなくていいからBJJをやりなさい」と言われて、結局高校にも行かず毎日練習漬けの日々を送っていたそうである。
 ミカ・ガルヴァオ自身は、そのような青春時代をどう思っていたかは分からないが、BJJサイボーグとして育てられて競技柔術から引退した後、彼は普通の社会生活が営めるのだろうか?と他人事ながら心配になって来る。
 ミカのライバルであるケイド・ルオトロも3歳でBJJを始め、今年のADCCでミカを破って、20歳というADCC最年少優勝記録を打ち立てた。
 こうした競技柔術で活躍する選手の低年齢化を見るにつけても、今の世界のトップに立つためには、10代からBJJを練習し始めても遅いという事が分かる。

3 話が少し逸れたが、柔道の伝統を守るために全柔連が今回なぜ全国小学生学年別柔道大会を廃止したのか少し考えてみたい。
 内田(樹)先生の『武道論』に次のような記述がある。
 「経験的に言って、ひとりの「まっとうな学者」を育てるためには、その数十倍の「学者になりそこねた人」が必要である。非情な言い方に聞こえるだろうが、ほんとうなのだ。どの世界でもそうである。ひとりの「まともな玄人」を育てるためには、その数十倍の「半玄人」が必要である。別に、競争的環境に放り込んで「弱肉強食」で勝ち残らせたら質のよい個体が生き残るというような冷酷な話をしているわけではない。そうではなくて、自分はついにその専門家になることはできなかったが、その知識や技芸がどれほど習得に困難なものであり、どれほどの価値があるものかを身を以て知っている人々が集団的に存在していることがひとりの専門家を生かし、その専門知を深め、広め、次世代につなげるためにはどうしても不可欠なのだと申し上げているのである。」(同書p32)
 柔道人口が減少している中で、その基盤となる少年少女達を柔道に振り向かせるためには、まずもって内田先生が仰るところの「半玄人」としての柔道家を育てることが必要だと全柔連は考えているのではないだろうか。
 昔は整骨院を経営する傍らで柔道を教えるという町道場の指導者がたくさんいたそうだが、今はそういう町道場そのものが次々と姿を消していっている。
 柔道人口を増やして、「半玄人」を育てることは、次のオリンピックでメダルを量産するためではなく、柔道という「伝統」を継承するために必要な事だろうと思う。
 BJJの道場のように柔道の町道場が復活し、道場主が食べて行けるようなシステムを再構築しなければ、柔道という武道の「伝統」は途絶えてしまうという危機感の表れなのだろうと私は感じた。
 柔道人口の減少は「武道の必修化」等の小手先の対処法で解決する問題ではない。必修化された柔道を嫌々やらされてもその生徒が柔道への理解を深めることはないだろうし、ましてや彼(彼女)が自分の子供に柔道をさせたいとは思いもしないだろう。
 柔道も試合での勝利の栄光はほんの一握りのトップ選手のモノだけである事はBJJと変わらない。
 大人も子供も昔の町道場のような場所でもっと「ゆるっと」柔道を稽古出来るように世の中が変わっていって欲しいと願っている。
 
注1)https://www.judo.or.jp/news/9766/
注2)https://www.judoinside.com/judoka/676/Flavio_Canto/judo-career
注3)http://budou-info.com/judo8/dan42.html
注4)https://www.bjjheroes.com/bjj-fighters/micael-galvao

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