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鍵男

早めに仕事を終え家に帰り鍵を所定のフックにかける。

イヤホンを外してケースに戻し、LINEの返信をする。

返信を終えようやくリュックを下ろし、上着を脱ぎ再び新着のLINEの返信に取り掛かる。

返信を終えると無意識についついLINEニュースを見てしまう。  

実にしょうもない、僕の生活に関係のない情報ばかりが飛び込んでくる。

それなのに、スクロールして見出しを次から次へと追ってしまう。  
そういえば、現代人が1日に取り込む情報は江戸時代の人間の一年分と言われていると聞いたことがある。  

過激な事をしてフォロワーを獲得しようとする奴らの問題行動から、人気者のイメチェンなど、そんなものをクリックしてしまうなんてどうしてしまったんだ俺の好奇心よ。  

そんな物に時間を割くなんて無限に生きるつもりなのか?  

スマホを置こうと先ほど鍵を引っ掛けたパソコン台へ手を伸ばす。

鍵が振り子のようにまだ揺れている。  

ちょっと待って。 もう5分は経つ。

こんなことありえる?  

とりあえず記録用にと思い動画を撮った。  


そして、今日は僕が夕食を作らねばならないのだ。子供達のお迎えはもうすぐなので一旦夕食の準備に取り掛かる。

しかし頭の中は鍵のあの異様な揺れの長さで一杯だ。



子供達を寝かしつけた後、本を読もうと自分のものが置いてあるスペースへ行き視界に入った鍵で思い出した。

僕は恐る恐る検証を始めた。

鍵を人差し指に引っ掛け少し持ち上げて放すと鍵の振り子運動が始まった。
1cmも揺れてないだろう、小さく、素早く揺れている。

時計を見てタイムを計測する。 
1分、2分、3分、、、  勢いは全く衰えない。

ただの安物の鍵なんだこれは。  振り子特化用として作られた物ではないんだ。 それなのにこの持続力はなんだ。

鍵を所定の位置に引っ掛けて、揺れが止まるのを見届けた事はなかったが実は今まで人知れずにこんなに揺れていたのか?

この持続力にはなにか発明や数式があるのでは?


4分。 

4分半、、、勢いは落ちてきたがまだ揺れている。

まさかの記録を叩き出している。  

大台の5分に届きそうだ、行けるのか? 

行けるのか?!

そう思うと急に心拍数が上がってきて妙な熱が入る。

5分を超えて、6分までいった。 

僕はやや興奮気味に鍵を見つめていた。

揺れが小さくなると、勝手に30秒の区切りを設けて、次の区切りまでは持ってくれ!と妙な応援をしていた。

行くか?持ち堪えるか? 行くか? いった!

6分30秒。  

次は7分まで持つか? これは持ち堪えそうだ、行け行け!  

7分。 

後にして思えばこの時すでに妙な興奮に覆われ少し盲目的になってしまっていた。

もうこれはほぼ止まっているじゃないか?
揺れてはいるがこんな小刻みはありなのか?

あーもうちょい、いけいけ!

7分半!

あぁ、流石にこれは止まっている、僕の目視でジャッジできなければ止まっている!  

観測に正確さを求め出したらミクロの世界に入りキリがない。

そもそもミクロの世界では止まっているものなんてないという答えに辿り着きそうだしもうやめよう、実に曖昧な基準だがもうやめよう、俺だけの遊びなんだから俺の一存で決めよう、誰にも文句は言わせない。

沼だ、これは。えらいものを見つけてしまった!
科学、哲学、トンチが入り乱れて収集が不能になりそうだ。

やめだ、やめよう!

鍵を手で押さえて半ば強引な決着をつけ7分半という記録で観測を終えた。


少し勃起していた。

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