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私の少女漫画 その2

 先日ふらりと本屋に立ち寄ったら、河出書房新社さんから「総集編 松苗あけみ」が発売されているのを見つけ、嬉しさのあまり小躍りしながら本を抱えレジに並んでしまった。
 1970年代から活躍をされている漫画家、松苗あけみ先生も、私が大好きな漫画家さんの内の一人だ。ロマンチックで華やかな画風でありながら、人間くさいひねくれたキャラクターを描くことがとても上手な人だ。その落差によって生まれるシュールさが何とも心地よく、ある種のクセになってしまい次のページを捲る手を止めることができない。くらもち漫画と同じように、幼い頃からずっと松苗漫画を読んできた。

「総集編 松苗あけみ」では、見たことのなかったカラーイラストや長文インタビュー、そして一条ゆかり先生との対談も収録されていて、非常に中身が濃い一冊だった。おかげさまで、とても幸福な時間を過ごすことができた。

 松苗先生の代表作といえばやはり「純情クレイジーフルーツ」だろう。東京の郊外の女学園に通う女子高生4人組の高校生活を、センセーショナルに描いた物語だ。恋のときめきや切なさを期待してページを開いたら思わずひっくり返ってしまうので注意が必要である。(一応、恋のときめきはあるのだが。)
 まず主人公枠である4人組の女子高生たちのキャラが濃い。背が高くてすらりとした体型を持つ吉原実子は、一重まぶたで目つきが悪いのを気にしている。担任の先生が好き。図太い。ザ・美少女な桜田みよ子は性格があまりよろしくない。自分の可愛さをよく理解している。図太い。ふくよかな体型を気にしている桃苗あけびは内気だが少女漫画好きで桃まん好きで意外と頑固な面がある。図太い。ボーイッシュな沢渡杏子はその見た目から男性と間違えられることもあるが、この中で誰よりも乙女的思考を持ち手芸やぬいぐるみが好き。そして図太い。
 そう、松苗先生が描くキャラクターは皆、どこかしらに図太さを持っている。この4人も、着の身着のまま家を放り出されても雑草を食べて生き抜いていくような強さがあり、そこにいつの間にか魅力を感じてしまうのである。

 主人公たちのキャラの濃さだけで満足できるのに、この漫画は脇役もしっかりとキャラが立っている。漫画全体がとんかつにラーメンとカレーを掛け合わせたような濃さに仕上がっているが、それがまたいい味を生み出している。
 特に好きなキャラクターは実子が好きな担任の先生ーー小田島先生の親戚の子である小田島微笑(えみ)ちゃんだ。実子たちと同じ女子高生ではあるが、彼女たちとは異なるお上品な女学園に通う、いいとこ育ちの美少女だ。美少女であり例に漏れず根性ある性格をしている。
 微笑ちゃんも小田島先生が好きなので、実子とは恋のライバル関係にある。美少女であり、頭がよく、お金持ちで、なんと小田島先生と一緒に暮らしている。アドバンテージは断然微笑ちゃんにあるものだから、実子は大体いつもマウントをとられる立場だ。(家事力に関しては圧倒的に実子のほうが上ではあるが)
 しかし、主人公という大切なネームプレートは実子が持っている。だから結局、最後は実子が勝利のベルトを得ることになる。魅力は十分あるはずなのに敗北の二文字を背負う微笑ちゃんの背中はちょっと寂しく、でもその寂しさがまた彼女の美しさを際立たせている、ように見える。

 松苗先生の描く寂しい女は色気があってとてもいい。「HUSH!」の氷見子さんも、誰かを求めながらもなかなか誰かの一番になることができない寂しさを持った綺麗な女性で、この漫画を初めて読んだ当時の私は、彼女に憧れた。お金持ちの家で大事にされ、男性からモテるのに何故か幸せになりきれない綺麗な女の人……とてもいい。一日でいいからそういう人になってみたいと今でも思う。「原色恋愛図鑑」に登場するとある女性の独白で「女って、美人でいるためにはちょっと不幸でないとダメなのよね……」と語っているシーンがあるが、松苗先生が描く美人はまさにソレだ。その「美」意識と華麗な絵柄が、魅力的な女性キャラクターを生み出すのだろう。
 対して男性キャラクターは、イケメンでありながら中身がちょっと残念なタイプを多く描くように思う。見た目も中身も完璧とはいかないキャラが、人間くさくて逆にいい。王子様フェイスを持ちつつも女に目がなく、そのくせ女に詰め寄られるとヘラヘラしながら逃げていく男。そんな松苗先生の描くイケメンキャラの夢と現実感の絶妙な塩梅が、私は大好きだ。

 また、松苗漫画は見た目もとても華やかだ。「総集編 松苗あけみ」のインタビューでも触れていたが、手描きの花の飾り罫や明朝体のレタリングによる台詞、メリハリのあるコマ割りなど、豊かな表現力で生み出された漫画は単調にならず読み続けることに飽きがこない。そして色褪せることもない。定期的に松苗漫画を読み返したくなるので、私の周りにはいつも背表紙に「松苗あけみ」と書かれている何かしらの漫画がある。

 松苗先生が生み出す図太く、ちょっと性格が悪くて、踏みつけられても大人しく潰れたままでいない強かなキャラクターは、これまでの人生でしばしば落ち込んだ私を助けてくれた。松苗漫画を読むだけで、何故か「まぁ人生こんなこともあるでしょ。ワハハ」と心が前向きになれるのだ。
 これからもこの松苗イズムを心に抱き生きて行こうと思う。
 

 

 

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