#23 米との戦い

米が好きである。その手軽さから朝食パン派が勢力を伸ばし続けているが、おじさんは忙しい時期でも冷凍焼きおにぎりで凌ぐほどに米が好きである。なにせ旨いし。

米は現代日本の食文化の中心に立ち続ける驚異の食材である。こんな山の多い、耕作可能面積に乏しい国が誇る数少ない高自給率98%(2022年農水省調べ)食材であり、その存在感から海外より持ち込まれたあらゆる食材は1度、白米のおかずになるかどうかが厳しく審査される。この審査はブラックカードの審査より厳しく、この審査を突破できず涙ながらに帰国する食材たちが後を絶たない。

この審査を突破しても食材たちに安寧はない。
今度はありとあらゆる調理法によってすべての可能性を審査される。この審査は囚人が入所する際の検査より厳しい。これによって多くの食材は自我が崩壊しアイデンティティを失う(例・ケチャップによって自我を失ったスパゲティ)。

これらの試練を乗り越えた食材たちにあるのは絶望である。本国でどんなに主役ヅラしていても、結局は濃い味にされて米の上に載せられるのである。米という主役を引き立てるためのサイドキックにされる。今まで主演しかしていなかった食材のプライドは粉々である(例・ローストビーフ丼)。

場合によっては日本人お得意の「魔改造」を施され、本来とは変わり果てた姿をメディアにさらされ、彼らの尊厳は踏みにじられる。(例・春雨を入れられたピロシキ)。

米は日本の絶対的な支配者である。他のすべての食材たちは米に挑み、米に敗北し、米に跪き、米に媚びを売るようになる。米イズゴッド、米イズフォーエバー。加賀百万石だし、江戸患いもあるし米騒動も起きる。「白米が食えるから」と兵隊になる子の気持ちもわかる。うますぎる。

しかしこの数百年連綿と続く絶対米政に、平成中期あたりで民主主義の風が吹き荒れる。


「米は太る」革命である。


米は太る


先日GI値について調べたが、精白された銀シャリはGI値90。砂糖が100である。かなり純粋な糖質に近い(食パンは95だけどな)。

しかも銀シャリは朝から晩まで食べる。朝から晩までパンの人より桁違いに多いだろう。正確な数字がなくとも納得できる。それが米である。さらに前述の通り、日本のほとんどの食材は1度は甘辛くされてしまうので米が進んでしまう。

おかずと別ジャンルに「ご飯のおとも」がある時点でちょっとおかしいし。おじさんは鮭フレーク派。ご飯のおともはパンにとってのジャムやピーナツバターに相当するのだろうか。だとしても種類が多すぎると思う。日本人は米変態である。さすが品種改良で稲作の北限を上げ続けた異常民族である。新潟とか北海道は稲作に向いていないのに。

まあこんなもんをむしゃむしゃ食べてたら太るのも当然である。おじさんの皮下脂肪のほとんどは米によって形成されている。ダイエットにあたって、最もなんとかしない部分が米にあることは明白だった。

色々試した。米に混ぜるこんにゃく由来のやつとか、麦飯とか。GI値を下げるのに必死だ。しかしどんな主食を試しても、白米の偉大さが浮き彫りになるばかりだった。炊飯器から白米以外の香りがすると違和感がすごい。炊飯にワクワクしない。米の洗脳は根強い。


オートミール



ならばいっそ、と試しに買ったのがオートミールだった。なにやら流行っているらしい。腹持ちがよく、食物繊維豊富で、GI値が低いらしい。カタログスペックは良さそうに思える。

まずはプレーンな状態を知っておきたかったので、湯で戻しただけのものを食べてみた。匂いがすごい。猛烈な穀物臭さがする。これは匂いではなく臭いである。白米とダンボールだったらダンボールのほうが近い。なんだこれは。なんだこれは(2回目)。恐る恐る口に運んでみる。

なにもない。

ただの穀物臭いドロリとした物体だった。小麦粉を湯で溶いたものとほぼ同様のブツで、なにやらのっぺらぼうでも飲むような気分である。梅やおかか、醤油やらを加えてみても、あまりの無味さにぼやけてしまう。その歯ごたえのなさも相まって、ものを食べている感覚がない。しかしただただ腹に溜まっていく。食べ物かどうかよくわからないものが。

食後、非常に損をした気分になった。食事というのは3大欲求に基づいた重要な娯楽であり、その機会を1つ失ったように思えた。なにも食べた覚えがないのに腹は不気味に満たされている。舌と歯に満足感がない。なんだこれは(3回目)。こんなものを主食にする人間がいるのか。

オートミールが流行りきらない理由がわかった。無だ。美味いとか不味いとかじゃない。なにもない。大量生産・飽食の時代に飼いならされた愚かな人類はこれを食べ物と認識できない。おじさんは無策に2kg買ってしまった。1食の目安が30gなので66食分である。1日3食換算で22日である。詰んだ。仮に66食もこんな無で栄養を補給していては味蕾がなくなる。


足掻き


おじさんは足掻いた。なんとかオートミールを楽しもうと思った。試行錯誤は困難を克服する基本である。しかしオートミールは手強い。梅干し、おかか、海苔佃煮、お茶漬け海苔、生卵、ありとあらゆるご飯のおともを蹴散らしていく。引き立て合わない。醤油の香りが飲み込まれる。底なしである。失敗すればするほど、それを食べて処理しなければならないおじさんは目が死んでいく。

――おじさんから秘密を聞き出そうとするのは簡単だ。三度オートミールを与えよ。
 ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)

民明書房 「シェイクスピア史」1989

思わず文豪の発言を捏造してしまった。シェイクスピアも美食を知っていたらオートミールには閉口したであろう。
シェイクスピア「神は死んだ」
それはニーチェだ。


おじさんは苦しみの果てになにを見たのか。


おじさんのオートミールリゾット


見た目が〇〇○みたいなので画像なし。


材料(1食分)

オートミール  30g
水       300ml
豚ひき肉    30~50g
ピーマン    小1個
玉ねぎ     四半分
しいたけ    1枚
顆粒コンソメ  小さじ1
塩コショウ   適量
カレー粉    大さじ1
粉チーズ    大さじ1

作り方

1.ピーマン、玉ねぎ、しいたけをみじん切りにする。
2.粉チーズ、カレー粉、塩コショウ以外の材料をすべて鍋に入れ、中火で10分ほど煮る。
3.粥状になったら残りの材料を加えて味を調える。

※ピーマン結構大事。


オートミールリゾットについて


前述の通り、おじさんはオートミールが全然好きではない。別に嫌いでもないのだが、米が100点とすると0点なので本当は嫌いなのかもしれない。決してマイナスではないのだが。

おじさんはオートミールをどうしても倒したかったので、遂に封印されしチーズの力を開放することにした。チーズは適量ならば健康に良かろうが、高脂肪・高塩分なのでダイエット中にはあまり多様したくない食材である。その上「チーズかければなんでも美味い」と言われても反論できない程度には万能で、卵黄と並んでとりあえずトッピングしておけばバカが喜ぶスター選手である。

さらにおじさんはヤケクソになってカレー粉を手に取った。エスビーの赤缶である。嘘か真か自衛隊員に「カレー粉があれば大抵のものは食える」と言わしめる古強者だ。チーズとカレー粉でどうにもならなければオートミールは砕いて庭の肥料にするほかない。

加えて具材に香味野菜を加える。玉ねぎはスッキリした香りと甘みを、ピーマンは青い香りと歯ごたえがいかにもチーズに合う。さらにひき肉でイノシン酸、しいたけでグアニル酸を補強する。もうオートミールを白米にすればいいんじゃないかという迷いがある。

食べてみると拍子抜けした。なんだ、食べられるものになるじゃないか。今までの格闘はなんだったのか。決して100点ではないが、65点くらいにはなっている。食べられる。こってりしているので合間に大根の酢漬けで口直ししながら、割りとすいすいと事もなげに。

しかし、本当はおじさんはオートミールに敗北している。おじさんの数多の敗北は、オートミールを引き立てようとした研究の失敗なのだ。おじさんはチーズとカレー粉に手を出してしまった。これはもうオートミールである必要性はほぼなく、むしろオートミールの代わりにマカロニでも入れれば大喜びで食べるであろう。おじさんはオートミールを見捨てたのだ。彼に期待するのを辞めて、可能性を模索するのを諦めたのだ。これを敗北と言わずしてなんと言う。

あと朝食に食べるには手間がかかりすぎている。オートミールの数少ない長所すら打ち消してしまっている。

……オートミールと真の和解は訪れるのか。続報を待て。

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