[幸せの青い鳥鉄道二次創作]雲と星屑と

本家


空気中をふわふわと漂うわたしと、地面に投げ出されるようにこの世界に形を与えられたわたし。その二つが重なり合ってわたしはわたしになった。
わたしは星屑の魔法使い、ミセリ。
わたしはミセリ。みせり。

体は投げ出されたままに、 キラキラと舞う土埃を、折り重なる木々を、その間から見える青空を、そこに浮かぶ雲を、わたしは眺めていた。

从'ー'从 あなた、大丈夫?

声をかけられて視線を移すと、真っ白なローブを纏った女性がこちらを覗き込んでいた。

从'ー'从 近くですごい音が聞こえたから来てみたのだけど、この爆発はどうやらあなたが原因のようね?

彼女が言っている意味はわかる。何か答えようと口を開いてみたが、上手く声が出てこない。

从'ー'从 やっぱり。あなた、生まれたての魔法使いね?

あぁ、そうか。わたしはさっき。

从'ー'从 話せなくても私の言葉はわかるわよね?魔法使いは自然の理から生まれるものだから、生まれたとき既に多くの知恵を持っているの。

从'ー'从 だけど、この世界に形を与えられてすぐはうまく動かせなくて、喋れもしないの。一晩もすれば上手く動かせるはずよ。

彼女の言うとおり、何か言おうとするのだけど、舌がもつれて言葉にならない。結果として何かを目で訴えるような形になってしまった。
手足も力が入らないようで、起き上がろうとするのだが、少し土を削るだけだった。

从'ー'从 無理しないでいいわ。私の家はここから近いの。生まれたばかりで行くあてもないだろうから、今日のところは私の家に来るといいわ。

从'ー'从 あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は雲の魔法使いのワタナベよ。喋れるようになったらあなたのことも聞かせてね。

そうして、わたし、星屑の魔法使いミセリは、雲の魔法使いワタナベと出会った。
わたしは彼女がわたしを運ぶために出してくれた雲の上で、やはり空に流れる雲を眺めていた。


 それから、わたしはワタナベの家で暮らしていた。他に行くあてが無かったのもある。
 だけど、そもそもわたしたち魔法使いの体は自然そのものであるから、家を必要とする切実な理由はない。決まった家を持たずに気の向くまま旅人のような生活をしている者も多いと聞いた。
 それでもわたしがなんとなくこの家で暮らすのは、この家が魔法使い二人で暮らすのに、なかなかどうして、居心地が良かったということがある。確かにワタナベは他の魔法使いと比べると、一緒にいると安らげるような、珍しい魔法使いではあった。

…でも、『彼女』が、というよりかは、この家はそういう風に設計されていると感じる。この家のバランスというか、調和を乱すのがなんだか申し訳ないというか、無粋なように感じた。だから、わたしはこの家を出ていく気になれずにいた。

 どうしてこんな気持ちになるのか不思議に思い、わたしはそのことについて、ワタナベに尋ねてみたことがある。すると、彼女は笑いながら教えてくれた。

从'ー'从 この家から出ていく気にならない?あははは、そうよね。私もそう思うわ。

从'ー'从 実はこの家は私が作った家じゃないの。ずっと前に誰かが作った家なのよ。

从'ー'从 私がこの家に住むようになったのは、あなたと同じで、この家の近くで生まれたから、ただそれだけなの。

从'ー'从 私が住み始めたときにも、この家には魔法使いがすでに住んでいたわ。私は雲の魔法使いだから、風が流れるまま旅に出ようかなとも思うこともあったんだけど、私もあなたと同じように感じて、なんとなくこの家に住み続けて今に至るってところかしら

从'ー'从 本当、この家ってすごいわよね。家具も部屋の構造もあらゆるものが対称になっていて。そして、気の流れも完璧に循環しているわ。もちろん、あなたも気付いていると思うけど。

从'ー'从 私たち魔法使いは、自然から生まれ死ぬとまた自然へと還っていく。だからこういう風に循環しているものとか、一定のバランスで運行しているものを乱すことに強い抵抗を覚えるのよね。この家は特にそう。家具が二つずつあるように、住人も代々二人で住まれてきたわ。

从'ー'从 でも、もちろんここに住んできた魔法使いのみんながそうしてきたわけではないし、あなたもこの家が窮屈に感じたのなら、いつでも旅に出ていいのよ。私に遠慮する必要はないからね。

そう言ってニコッと笑った彼女の笑顔を、わたしは今も覚えている。


 お別れの日は突然やってきた。本当に、突然に。

 ある日、ワタナベは自分が死んでしまうことをわたしに告げてきた。

「私もずいぶん長く生きてきたからもうすぐかなって思って、準備はしていたんだけど。でもやっぱり、その日にならないとわからないものね」と言いながら。

 わたしは彼女の言うことがよく分からなかった。だけど、少しずつ彼女の体が崩れ始めるのを見て、どうしようなく涙が溢れてきた。そしてわたしは崩れつつある彼女に追い縋った。

从'ー'从 あら、あなた、泣いているの?…そう、あなたには泣く心があるのね。

从'ー'从 ミセリ、あなたは心を持つ魔法使いだったのね。それは、本来私たち魔法使いにはないものよ。

从'ー'从 それに、泣かなくても大丈夫よ。だって私たちはこの家のように、循環し続ける存在なのだから。

从'ー'从 …あらあら、まだ泣いているの?でも、ご飯を食べて一晩ぐっすり寝たら、元気になるはずよ。

从'ー'从 じゃあミセリ、元気でね。どうしてあなたに心が与えられたのか私にはわからないけれど、きっと何か意味があるんだと思うわ。

从'ー'从 さようなら、ミセリ。また会いましょうね。

 そう言って、彼女はいつものように穏やかな笑顔を浮かべたまま、一握りの雲となって消えて逝った。

 人間は死ぬと神様のところに行って永遠の安息を得るのだという。でも、わたしたち魔法使いは自然の一部へと還るだけ。

 ワタナベと一緒に住んだこの家はあらゆるものが対称で、外から入ってくる力の流れと、わたしたち魔法使いが住むことで発生する力場が混ざり合うことで美しい波形を描いていた。その美しい波形はまるでこの家が呼吸をしているかのように感じさせた。わたしとワタナベが二人でこの調和の取れた家にいたときはまるで星座の一部になったかのような安心感があった。

 だけど、今は。

 わたしは死ぬと一体どうなってしまうのだろうか。雲の魔法使いワタナベが一握りの雲となったように、わたしは星屑となって永遠にこの世界を巡り続けるのだろうか。そんな事を嫌でも考えてしまう。

 それと、ワタナベが最期にわたしに言った、あの言葉。
わたしが心を持つ魔法使いであり、それは魔法使いであるわたしが本来持つものではないということ。ワタナベはわたしに心を持って生まれたということはきっと意味があると言っていたけれど、わたしにはそうは思えない。

 だって、わたしはワタナベが逝ってしまうとき、心があるがゆえに泣いてしまった。泣きじゃくって、まともに声を発することもできずに、彼女にお礼の一言も、またお別れの言葉も伝えることができなかった。

 そうだとすれば、心はわたしを苛むものなのだ。なぜなら、消えていくワタナベはわたしを気遣ってくれたのに、わたしは彼女を気遣うことができなかった。それは心のせいなのだ。

「わたし」は自然から生まれ出たこの体に寄生する不純物なのだ。


 ワタナベが自然に還ってからしばらくの間、私の頭にはグルグルと同じ考えが巡っていた。心を持つ意味について。そもそも心とは?

 そんなことばかり考えていたある日、音楽の国からやってきた一人の旅人に出会った。

 その旅人が言うには心は、魔法使いではなく、人間であれば当たり前に持つものなのだという。そして今のわたしは心を持て余しているのだとその旅人は教えてくれた。また、この世界には6つの国があるということもわたしは初めて知った。

 他の国であれば、このどうしようもない心の扱い方について、もっと何か分かるかもしれない。特に、旅人が話してくれた哲学の国や、宗教の国に行けば心を持て余していることで苦しんでいるわたしに何か示してくれるかもしれない。わたしは心を持っている人間たちからもっと学ぶ必要があるし、それはこの魔法の国にいるだけでは決して学べないことだ。

 居心地が良かったこの家に流れていた魔力の循環も、ワタナベがいなくなってしばらくして崩れてしまっていた。それがなんとなく、わたしに旅立ちを促しているように、そんな風に思えた。

 でも一体どこの国に行こうか。

 …そういえば、旅人は全てのことに疲れた人々が救いを求めて辿り着くのが宗教の国だと言っていた。

 わたしは心について考えて、すっかり疲れてしまった。だから、宗教の国に行くのがいいと思った。それに神様を信じたら、この体に存在するわたしも死んだ後、神様の国に入れてくれるかもしれない。

 だから、この家を出て、旅に出よう。

 音楽の国から来たあの旅人は、落ち込む私のために心を尽くして音色を聞かせてくれた。わたしは心があるせいで、ワタナベにお礼を言えなかった。

だけど、あの旅人のように心があるからこそ、多くの人々を笑顔にすることができるのかもしれない。

わたしは、誰かのために、わたしの魔法を使いたい。

誰かを笑顔にさせる、そんな魔法使いに、わたしはなりたい。

…それと、これはワガママな想いかもしれないけれど、わたしはわたしのことを誰かに覚えていてほしい。誰にも知られないまま、覚えてもらえないまま、塵になるのは恐ろしいから。

わたしはいつか死んでしまう。だけど、わたしが死んだ後もわたしを覚えていてくれる人をたくさん…いや、一人でもいいから作るんだ。

もしも、もしも…そんな人がこの6つの国のどこかにいて、出会えたなら。

いつか、星屑になってこの世界を循環する存在になったとしても

きっと「私」は寂しくないから。


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