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パンダの夢

夢の中にパンダが出てきた。
夢の中では、これが夢だとはわからなかった。

「やあ、こんにちは」パンダのほうから声をかけてくれた。かなり緊張がほぐれた。きっと良いパンダだ。
「どうも。こんにちは」僕としてはかなり自然に声をかけることができたと思う。
パンダは何も言わないがニコニコしている。
「パンダさんですよね?」次は僕の方から声をかけた。緊張をほぐしてくれたお礼だ。
「そうだよ。ぼくはパンダさんです。見たらわかるでしょ」
「見たらわかるけど、でも座って喋ってるからさ。ちょっとくらいは、ひょっとしたらパンダではないのかも、と思ったよ」
「座って喋ってるくらいでパンダじゃないかも、って思うくらいなら、君は世の中の全てのパンダに対して、パンダじゃないかも、って思いながら接していることになるよ」
ちょっと理解するのに時間がかかった。
理解してから、果たしてそうかな?と思ったけど、それは口には出さなかった。するとパンダさんは、
「まあ、正しいスタンスだと思うけど」と言った。
パンダも座るかもしれないけれど、さすがにパンダは喋らないと思う。その点でこの目の前のパンダは唯一無二だと思う。これは、意見してみることにした。
「パンダは座るかもしれないけど、パンダは喋らないんじゃないかな。だから君は、パンダではないかもしれない」
「そうだね。その論理だと、僕はパンダではないね」
「でもさっき君は、パンダかと聞かれたとき、そうだ、と答えたよ」
「うん。ぼくは言葉を喋るんだけど、言葉を喋るパンダはパンダではない、という意見があることは承知しているよ。そしてぼくは、自分はパンダだと思っているんだけど、それも正しいと思っている」
それを言ってしまえばなんでもありじゃないかと思う。こういうのを、はぐらかされた、というのだろうか。
「ふうん。難しいね」
「そうだね。ややこしいし」
「僕が人で、君がパンダだからわからないのかな」
「いや、関係ないと思うよ。深く考えなくても良いよ。なんでもありなんだから」
なるほど、やっぱりなんでもありなんだな、と思った。

僕もパンダさんの隣に座った。
ベンチは冷たかったけど、僕の体のパンダさん側は、パンダさんがそこに居るおかげで暖かかった。毛むくじゃらだから人より暖かいのかな、と思った。本当はもうちょっと離れて座りたかったんだけど、ベンチの大きさが足りない。
「パンダさんは、どうしてここに座ってるの?誰かを待ってるの?」
「誰も待っていない。ただ座っているだけだよ。今は君と話をしているね。だから、誰かを待っていたとしたら、君を待っていたんだね」
「え?…でも僕は今日パンダさんとは何も約束をしていないよ?」
「そうだね。ぼくも君とは約束はしていなかったよ」
「パンダさんは、僕がいなくなったらどうするの?」
「どうもしないよ。また座っているつもり」
「また、誰かを待つの?」
「そうだね。誰も待たない時もあるかもしれないし、待つ時もあるかもしれない。誰かを待っていたか、ただ座っていたか、どっちなのかなんて、全部後付けだよ」
そうなのだろうか。僕は首をひねる。
「パンダさんは、もし今日僕が来なかったら、ここでずっと座ったままだったの?」
「それはわからないなあ。だって、今日ぼくはここで君と会ってしまったから」
そんなことないんじゃないかな、と心の中で言う。パンダさんはたぶん、誰かが来るまで待って、そして誰かが来たら、君を待っていたよ、なんて言いそうだな。
「パンダさんは、ゲームの登場人物みたいだね」
「うーん。僕はゲームをやらないから、ゲームの登場人物みたいかどうかはわからないね。でも、君がそう思うのなら、そうなのかもしれないね」
「ねえ、パンダさんはさ、僕が今日ここに来る前は何をしていたの?やっぱりずっと座っていたの?」
「さっき言ったじゃないか。座っていたかもしれないし、君を待っていたとも言える」
「ちょっと前はそうだったかもしれないけど、じゃあそのずっと前は?」
「ずっと前もちょっと前も、変わらないよ。ずっと前とちょっと前を分けることに意味はないと思うよ」
「でもさ、ずっとずっと前になったら、パンダさんも生まれてないじゃん。パンダさんはいつからここで座ったり待ったりしているのかなあ、て思ったんだよ」
「さすがに生まれてない時のことは覚えていないなあ。いつからここに居るか、も覚えていないよ」
パンダさんはそう言った後、少しだけ考え込んでいた。
「でも、それもあんまりぼくにとっては大事なことではないなあ。ぼくは今までここで座っていたけど、ひょっとしたら僕が生まれる前もここで座ってたかもしれないよね。ずっと前もちょっと前も、それにずっとずっと前だって、だから一緒なんだよ。分けることに意味はないよ」
パンダさんの表情を読むのは難しかったけど、機嫌は良いみたいだ。僕には、パンダさんの言ってることは矛盾しているような気がするけど、それを指摘するのはやめておこうと思った。パンダさんはパンダさんなりに思索して言葉を選んで僕と話しているようだったし、何より僕が理解できないことも何の迷いもなく言葉にしているから、僕としても理解はできなくても何か腑に落ちたような気分になれたのだ。

「パンダさんはさ、なんだか哲学的だね」
「ぼくのことを哲学的というのなら、君は世の中のほとんどのものに対して哲学的だと思うんじゃないかな」
「他のパンダもそうなの?」
「そうじゃないかな。でもぼくは、ぼく以外のパンダのことはわからないよ」

「パンダさんはさ、どうしてパンダをしているの?」
「その質問にはあんまり意味はないね。なぜなら、ぼくはその質問に興味がないし、考えたことがないから答えることができないから」
そして、ちょっと思索に耽るような仕草をしてから、
「でも、君がどうしてその質問をしようとしたのか、という点には少し興味があるかな」
と言った。
「教えてくれる?」
「なんだか、パンダで座っておくには惜しいなって思ったんだよ」

その先ももっといろいろ話したけど、目が覚めたら忘れていた。
たしかに、パンダにしておくには惜しいな、と思った。

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