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【短編小説】 遠距離家族

 師走。
 皆さまごきげんよう。
 さて、今回は、ある文芸コンテストをパトロールしていたとき(またかよ)に、ああ、こんな家族のカタチも素敵だな、と心を打った短編小説をご紹介いたします。

「埋めたいと願った距離。しかし、時間はそれを許さなかった……」

 なお、紹介させていただくにあたって、作者の許可を得ています。
 全編、5,732文字です。

 作 下東良雄氏



 ――都心某所・高層ビル内のオフィス

 黒いスーツをビシッと着たひとりの女性が広いオフィスを颯爽と歩いている。年の頃は三十代だろうか。黒髪ロング、美しい顔立ちで、艶のある唇が色っぽい。その堂々とした姿は役職付きであることがうかがえる。

 彼女が窓の外に目をやると、外はとてもいい天気で、街を見下ろせる程の高さの階層だ。

 オフィスを見渡せば、パーテーションで区切られたデスクがブース状になっており、ぱっと見、人の姿はない。みんな落ち着いて仕事をしているのか、あちらこちらからキーボードを叩くカタカタという音や、マウスをクリックするカチカチという音だけが聞こえる。

 オフィスの端に目を向ければ、すりガラスの向こうは会議室で、WEB会議をしているようだ。時折話し声や笑い声がかすかに漏れていた。

『KOICHI SAKAGUCHI』

 デスク脇のパーテーションに掲示されたネームプレートを指差し確認。デスクを覗くと、男性が真面目な面持ちでキーボードを叩いていた。

 名前は『坂口浩市』。年齢は二十代後半から三十代前半くらいか。黒髪マッシュでスーツを着ており、姿勢が良く、清潔感も感じさせる。

 浩市は女性の存在には気付かず、仕事に集中していた。

 トントン

 パーテーションをノックする女性。

「坂口くん」

 女性に声をかけられ、仕事の手を止める浩市。

 座ったままイスをくるりと回し、女性と向き合った。

「三浦部長、お疲れ様です。どうされましたか?」

「今夜飲みに行くんだけど、坂口くんもたまにはどう?」

 三浦は優しい笑顔で彼を誘ったが、浩市は苦笑いを浮かべる。

「すみません、今夜はちょっと……」

「あらそう、残念だわ……まぁ、お局様に誘われても嬉しくないわよね……」

 ちょっと意地悪な笑みを浮かべた三浦。

「ち、違いますよ! 歳も大して変わらないでしょ! すごく嬉しいですよ!」

「ホント〜?」

「三浦部長、美人じゃないですか」

「あら、嬉しいわ。お世辞として受け取っておくわね。うふふ」

 三浦は嬉しそうだ。

「今夜は家族と過ごす予定でして……」

 申し訳無さそうな浩市の様子を見て、改めて優しい笑顔を浮かべる三浦。

「そっか。うん、分かった。ステキな時間を過ごして!」

「はい、部長も飲み過ぎたらダメですよ」

「ハイハイ、じゃあね」

 三浦は、手を小さく振って浩市のデスクから引き上げた。

「さて、ボクも早く仕事を終わらせなきゃ……」

 軽くノビをする浩市。

 イスをくるりを回し、またモニターに向かい直して、キーボードを叩き始めた。

 ◇ ◇ ◇

 ――その日の夜、浩市の自宅マンション

 リビングのテーブルに置かれた大きなモニターの前に浩市が座っている。モニターには若い女性の姿が映し出されていた。コミュニケーションアプリを利用しているようだ。

「紗絵子、元気かい?」

『うん、こっちはボチボチよ。浩市は? ご飯ちゃんと食べてる?』

「あぁ、ちゃんと食べてるよ。元気にしてる」

『それなら良し! 元気が一番だからね』

 元気な笑顔を浮かべる浩市の妻・紗絵子。

「ホントは紗絵子の手作り料理が食べたいんだけどね」

『あら、私そんなに料理は得意じゃないけど?』

「紗絵子のヘタクソな料理、たまにすごく食べたくなるんだよね」

『あはははは、ヘタクソで悪かったわね!』

 ふたりは楽しげにお互い笑い合った。

「ははは。でもさ、モニター越しじゃなくて、紗絵子に会いたいよ」

『まぁ、でもそっちからじゃちょっと遠いからね』

「遠距離過ぎるよな」

『そうね、遠距離恋愛ならぬ、遠距離家族だもんね』

「こんな家族関係も、もう三年か……」

『うん、そうだね……』

 訪れた静寂の時間。

 そんな寂しい気持ちを拭おうと、浩市は笑顔を紗絵子に向けた。

「優子は元気にしてるのかい?」

『もちろんよ! 優子ー、パパよー!』

 とてとてとてっと、モニターの前にやってくる小さな女の子。

 父親である浩市とお話しできるのが嬉しいのだろう。満面の笑みだ。

『パパー』

「優子、元気かい?」

『うん、元気だよー』

「今日も優子の笑顔が見れて、パパすごく嬉しいよ」

『私もー。パパ、大好きー』

 こぼれるような笑顔の優子。

「パパも優子が大好きだよ」

『ママー、パパが優子のこと大好きだってー』

『あら、優子良かったわねー』

『うん!』

 モニターの向こうで、母子笑顔で抱き締め合う紗絵子と優子。

 それを浩市は幸せそうに見つめている。

「ふたりの姿が見れて、僕も元気が充電できたよ」

『そっちはもう夜なんでしょ? 明日も早いんだから、ゆっくり休んで』

「そうだな、そうさせてもらうよ」

『じゃあね、浩市』

『パパ、おやすみー』

「ふたりともおやすみ」

 お互い手を振りながら、会話を終えた。

 モニターの電源を切った浩市は、そのままベッドに潜り込んだ。

「夢の中でなら、会えるかな……」

 浩市は、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 ◇ ◇ ◇

 ――一週間後、オフィス・役員会議室

 広く綺麗な会議室の中央には大きな円卓が設置されており、肘掛け付きの革張りのイスが並んでいる。

 通常は役員のみが利用するこの会議室で、ふたりの男女が話し合いを行っている。ひとりは年配の男性で、ブランドもののスーツに身を包んでいることから、役員クラスの立場であることが分かる。

 もうひとりはスーツ姿の美しい女性。三浦だ。

 ふたりは円卓を挟み、話し合いを続けている。

「坂口くんはしっかり業務を全まっとうしています!」

 声を上げる三浦。

 それに対して、少し困ったような様子を見せる役員。

「しかし、三浦くん。繁忙期に彼だけさっさと帰宅するのは……」

「彼にとって一番大切なのは家族なんです!」

 家族というキーワードを聞き、役員はそれを嘲笑うかのように苦笑した。

「家族ねぇ……」

 役員は、にやけ顔を浮かべる。

 バンッ

 三浦は怒りを隠さず、円卓に手を叩きつけた。

 驚く役員。

「多様性が重要な時代です! 彼の生き方を否定しないでください!」

 役員に向かって、怒りの面持ちで叫んだ三浦。

 先程のように役員は困った表情を浮かべる。

「いくら多様性が重視されるといっても、繁忙期に……その……家族を優先するのは……」

「その分、彼の業務は私が担当します! それであれば問題ないはずです!」

「うぅむ……」

 悩む役員。

「それと、この件は本人には言わないでください……お願いします……」

 役員に向かって深々と頭を下げた三浦。

「三浦くん……」

「私がすべての責任を負います」

 小さくため息をつく役員。

「わかった……」

 三浦の真剣な訴えに、役員も折れた様子だ。

 ◇ ◇ ◇

 ――さらに数週間後、オフィス・浩市のデスク

 トントン

 パーテーションをノックされた音に浩市が振り返ると、三浦が小さく手を振っていた。

「三浦部長、お疲れ様です」

「毎度のお誘いだけど……まぁ、来ないよね?」

 三浦は少し残念そうだ。

「ご一緒しても……いいですか?」

 浩市の想定外の返答に三浦は驚き、そして満面の笑みを浮かべた。

「あら! もちろんよ! 久しぶりだわ、坂口くんと飲めるの!」

 嬉しそうな三浦。

「そうですね、ボクもお酒を口にするのは久しぶりです」

 浩市も微笑みを浮かべる。

「うん! 今夜は楽しみだわ!」

「……」

 喜びをあらわにする三浦だったが、浩市はどこか寂しげな雰囲気をまとっていた。

 ◇ ◇ ◇

 ――その日の夜、浩市の自宅マンション

 カチャッ

「三浦部長、どうぞ」

 自分の部屋へ三浦を連れてきた浩市。


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