見出し画像

【関西人がゆく】 #6 市ヶ谷・牛込柳 「家庭料理はなむら」

 市ヶ谷、防衛省の北側にその店はある。
 新人の頃、東京研修でずいぶんとお世話になった。

 *  *  *

「……嘘やろ」
 私は、絶句した。

 *  *  *

 新入社員研修は、全寮制である。
 寮では、有料で食事の提供もある。
 ただ、気分転換に、金はなかったが外食もたまにしていた。

 それにしても。
 人の口は、不思議だ。
 一旦、何かを食べたいとセンサーが働くと、いてもたってもいられなくなるのだ。
 その時、感知したのは、ミートスパゲティであった。

 私は、寮を飛び出して東京砂漠を彷徨った。
 程なくして、老舗っぽい洋食店に行き当たる。メニューには、お目当てのミートスパゲッティもあった。
 1,400円……。
 高っ!
 だが、その値段の分、期待も高まるというものだ。

 東京の奴め、どんだけすごいミートスパをお見舞いしてくれるのやら……。
 意気揚々、扉を開く私。

 オープン・ザ・ドア!

 そして、冒頭の絶句。

 甘い……。

 直ちに、その言葉は東京砂漠に吸い込まれた。
 リンゴと蜂蜜が舌先で、ヒデキとYMCAする、ある意味、反論できない残酷なテーゼ。
 首都、東京から、はるかエデンの東へ叩き出された異教の徒。
 それが私。

 とにかく甘い。
 はちみつに足を取られた挽き肉が、十字架を背負い、寒風がつむじ巻く、ゴルゴダの丘をひたすら目指す。
 そんな絶望が、約束の地、カナンを覆い尽くしていた。

「ゴホン、そうやねえ。
 トマトの酸味を玉ねぎの優しい甘みが包んで、挽肉たちをワッショイ、ワッショイって感じやなあ。
 それがモチモチのパスタに絡んで、もうこれは、味のエレクトリックパレードやぁ!」
 そんな食レポさせてくれよぅ。
 このままだと、
「ミートスパのことは嫌いになっても、パスタのことは嫌いにならないでっ!」と慌てて武道館のステージで絶叫せなあかんっ……。

 私は、生まれて初めて食べ物を残し、「東京の飲食店には、ハズレがある」という真理を突きつけられ、星々を呪った。

 *  *  *

 その夜、私は神に祈った。
 普通の食いもん下さい……。

 そんな傷心の私を救ったのが、「はなむら」であった。
 東京の外食にトラウマを抱えてしまった私が、神に願ったのは、普通であった。
 そんな、普通の定食をお手頃の値段で提供してくれる、はなむらさん。

 味?
 もちろん、普通以上!

 私は東京で、神に邂逅したのであった。

 それにしても、はなむらさん、すっかり老舗になったなあ。



この記事が参加している募集

自己紹介

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?