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ゆるふわダブルスーサイド

 同じ職場で知り合った福寿紡は、私と似たような悩みを抱えている。はじめの集団研修でたまたま同じグループになっただけだけれど、こんな人がいるんだと面喰らったものだ。仲良くなるのに時間はかからなかった。
 さて、私たちの職場はいわゆるシフト制で、休みが合わないことが多い。けれど、月に一度は同じ日に休みを取って、プライベートで会う機会を作っている。今日は私の家だから、次は福寿の家になる予定だ。
 二人掛けのソファに並んで座って、ゆっくりお茶を飲みながら流れる時間は眠ってしまいそうになるほど穏やかで、私はこの時間がとても好きだった。
「カフェインの致死量ってどのくらいだろう」
 窓の外、秋空の中で気儘に振る舞う浮き雲を眺めながら、福寿はそんなことを呟いた。さっきまでコーヒーを飲んでいたから気になったのだろう。
「たしかなことは言えないけど、個人差があるらしいね」
 以前に調べた時の記憶を掘り返しながら返す。すると、濃褐色の瞳が私を射抜く。普段はやる気なさそうに垂れ下がっているけれど、今は珍しくきりっとしている。
「体質によるってこと?」
「それもあるし、成人だとか未成年だとか。体重やら身体の大きさでも違うんじゃないかな。一般的には五グラムから十グラムくらい摂取したら致死量、だったと思うけど」
 正確なことを言えば血中濃度がどうとかもあるかもしれないけれど、専門的に学んだわけでもなくインターネットで仕入れた情報に過ぎない。どのくらいの信憑性があるかは不明だ。
「エナドリ一本だと、たしか百ミリグラム前後だっけ」
「まあそれこそものによると思うけど。だいたいそんなもんじゃない?」
「単純計算で五十本以上かあ」
「しかも短時間で、だよ」
 うーん、と揃って腕を組んで思案顔。しばし黙考の後、至った結論は同じだった。
「あんまり現実的じゃないよねえ」
「そうだね」
「ていうか祝原やけに詳しいね。もしかして試そうとしたことあるの?」
 こてん、と首を傾げる福寿に「カフェインは自殺志願者なら誰でも通るよねえ」と肯定の意を示す。言いながらそんなことはないだろうなあと反語的にセルフツッコミ。
 「そういうものなんだね」と、福寿はごろんと寝転がる。私の大腿部に頭を乗せている、いわゆる膝枕だけど、ここは膝じゃないよねといつも思う。腿枕だと響きがちょっと気持ち悪いから、昔の人がそう言い直したのだろうか。
 ぐっと伸びをして、福寿が言う。
「あーあ。ないもんかな、画期的で楽な死に方」
「……いや、別に画期的である必要はないよ?」
 死に方なんて楽ならそれでいいのに、わざわざ真新しさを求める理由はない。私の返事に福寿は「それもそっかあ」とふにゃりと笑った。

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