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一人暮らし+α その2

 深夜。アルバイトから帰宅して早々に、幸のタックルが腹部を襲った。何すんだこいつ。
「遅い」
「遅くなるって言っただろ。あと痛い」
「こんなに遅くなるなんて聞いてないわ。あんなに朝早く出ていって、夜もこんなに遅くなることなんてなかったじゃない」
「大学行ってからバイトだったんだからこれくらいの時間になるだろ普通」
「私は寂しいと死んじゃうのよ」
「座敷童子が死ぬって何だよ……。雪降るくらい寒いんだから玄関から先に進ませろよ、炬燵が俺を待ってんだよ」
「……私も待ってたのに」
「別に寝ててもよかったのに」
「……幸也なんて雪だるまになっちゃえばいい」
「お前ほんと何言ってんの?」
 
× × ×
 
 今年の冬は例年よりは幾分温暖な気候らしい。しかしそんなお天気キャスターの言葉をあざ笑うかのように、本日も見事に零度を記録している。
 立春は過ぎたとはいえ、暦の上では二月の半ば。寒くて当然なのだ。さっさと来い春。今来い、すぐに来い。
「幸也は冬が嫌いなのね」
 氷点下を記録した真冬日に、幸はいつものワンピースにカーディガンを羽織っただけという驚愕のスタイルをキメていた。しかも裸足。凍えるぞお前。
「寒いのが好きなやつなんていねえだろ」
 夏が好きとか、冬が好きとか。話題の一つとして季節に関しての好き嫌いを語ることは、ままあるだろうと思う。しかし前提として、人間は夏の暑さも冬の寒さも嫌うことの方が多い。では何を以て季節の是非を問うのだろう。何故夏が好きなのか、冬が好きなのか。聞いてみれば、このように返ってくる。
 スキーが好きだから、海水浴が好きだから、スノーボードが好きだから、祭りが好きだから。
 つまるところ多くの人々は、季節そのものでなく付随して興るレジャーが好きなのである。ちなみに俺は断然夏派。夏の方が準備が楽だし寒いのは嫌いだし。幸に熱弁したところで意味はなかろうが。
「でも幸也の財布はいつも寒そうよ」
「うるせえ」
 こういうことを言う奴だし。
 ありがたいことに実家から一定の仕送りがあり、なおかつ週四日前後のアルバイトも行っているが、それでも充足してるとは言い難い。どうして大学生はあんなに飲み会が好きなのだろう。同じ学生という立場なのに、資金力にこうも差が出来るものなのか。バイトを増やすべきだろうかとぼんやり思案するなかで、いたずらが成功した子どものようにくつくつと笑う幸。
「なんだよ」
「やっぱり、幸也と話すのは楽しいわ」
「……そりゃどうも」
 互いに炬燵に入りながら、交わされる会話。何の屈託もないように過ごしているふうに見えるこの同居人。住人の禍福を司る座敷童子だが、本質的には無垢な子どもとなんら変わらない。しかし過去にはそんなことも理解出来ない心無い住人も居たらしく。酷いことを言われたり、されたりしたとか。
 幸が与えてくれる幸福は大小様々。百円拾ったとか、「当たりが出たらもう一本!」系の自動販売機で当たりが出るとか。ちなみに俺個人として今までで一番大きい幸福は、商店街のくじ引きでハワイ旅行のペアチケットを引き当てたこと。一緒に行く相手がいないから両親に譲ったが。
 ともあれ、どんなに小さなことでも、幸せは幸せ。それを享受出来ない人間に、幸との共生は難しい。不思議と相性がいいらしく、俺と幸は今のところ大きな問題もなく穏やかに日々を過ごしている。
「ねえ幸也」
 俺を呼ぶ声に目をやれば、嬉しそうに頬を緩ませる幸がいる。
「私が座敷童子じゃなかったら、きっと幸也みたいな人に惹かれたと思うわ」
「お前……」
「ふふん、どう? 少しはドキッとしたでしょう? 私の方が大人なんだから──」
「いや、ガキが何言ってんだと」
「なっ!?」
 先程までの喜色満面が嘘のように、憤懣やるかたない様子。とはいえ何も感じなかったと言われたらそんなこともないのだが、それを馬鹿正直に話すほど、俺は素直な人間ではない。
 さて、「子ども扱いしないで!」と噛みつかんばかりに飛び掛かってくる幸をどうやって宥めようか。これは下手をすればとんでもない不幸に見舞われるのではないだろうか。
 その後本当に噛みついてきた幸と、本格的でかつ低レベルな争いに発展するまで、残すところ数秒を切っていた。

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