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色とりどり。秋

「秋ってあんまりイベントないよね」
 思い出すのも嫌になるほどの猛暑を記録した夏がようやく終わり、そろそろ袖の長い服が必要になるよな今度買いに行くかと咲花と話していた時だ。
 人様のベッドを占領した橘花がぽつりと言った。
 俺たちの中での暗黙の了解というか謎ルールというのだろうか。俺の部屋に集まると俺と咲花は床に座り、橘花がベッドに座るか寝転ぶかする。そのまま寝入ってしまうこともあるが、大抵はスマホを眺めている。今日は珍しく何らか雑誌を読んでいるらしかった。
「ハロウィンあるだろ」
「でもそれ以外で何があるかっていうと思いつかないな」
 咲花の言葉にあれこれと考えてみるが、確かにピンとこない。祝日で言うと敬老の日にスポーツの日とかだろうか。
「体育祭とかあったけど、あの時まだ暑かったから秋感なかったよね」
 同じく祝日関連で思い出したであろう橘花に、俺たちは一もなく二もなく同意の意を示した。
「気温三十度超えてたしな」
「地獄だったよなあ、あれ」
 今年の体育祭は十月の第一土曜日に行われたが、地球温暖化どうこうの影響だろう。あの時期はまだ太陽が権勢を振るっていた。熱中症対策を十分に行うようにと事前にアナウンスがあったが、体調不良を訴える生徒が何人かいたらしい。
「紅組と白組どっちが勝ったんだっけ?」
「咲花のほう。たしか白」
「いやー、楽しかったわ」
 なんでも、最後のリレーは大変白熱した勝負だったようだ。アンカーを務めたのは陸上部の主将と咲花で、二人の走力が完全に伯仲していたという。陸部の主将のほうは県大会でも上位に名を連ねるような実力者だが、咲花は彼に競り勝ったそうだ。そしてその勝敗が最終結果に大きく影響したらしい。
 「ようだ」とか「らしい」とか、まるでその場にいなかったかのように語っているが、まさにその通り。すべて人伝に聞いたことだ。俺と橘花は途中から空き教室でサボっていたから咲花の雄姿を一目も見ていない。
「気づいたら二人ともいないんだもんな」
「「だるかったし」」
「そういうところは息ぴったりだよな」
 朗らかに笑う咲花に顔をしかめる橘花。たぶん俺も似たような顔をしたと思う。仲が良いとかそういうのは別にいいが、橘花に似ていると言われるのはどうにも癪だった。
「話逸れたけど、何かイベントないかなあって」
 橘花が軌道修正というのも珍しいが、確かにそんな話だった。
「でもマジでハロウィン一強じゃねえ?」
「去年なにしたっけ」
 しばし沈黙。三人そろって記憶を探る作業に入る。
 たかが一年前のことを思い出すだけだから、さほど時間はかからなかった。
「去年はあれだ、ツイッターの」
「コスプレ評論会だ」
 極めて単純な企画だ。ツイッターに溢れかえっていたコスプレの写真に点数をつけるというもの。完成度、シチュエーションなど、いくつかの要素から採点し総合的に評価する。これが意外と盛り上がった。
「可愛い女の子がいっぱい見れて幸せだったね」
「年々露出が増してくよなああいうの」
「そうだな…」
 そう。去年評論会をした際にも話題というか、一つ争点となったのが露出が多ければいいのか。もっと端的に表現すればエロかったらそれでいいのかという問題である。
 これについては本当に珍しく全員の意見が一致した。
 実際にやたらにスカートの短い婦警や、異様に胸元を開いている看護婦のコスプレは橘花が「絶妙に可愛くない」、俺が「こんなやついねえだろ」、咲花が「品がないし目のやり場に困る」と揃って低評価。
 当然世間一般の意見であるとは言わないが、少なくとも俺たちは過度に露出の多いものは評価しないと結論が出たのだ。
 ちなみにそのあと、「出すとしたらどこまでがセーフでどこからがアウトなんだろう」という橘花の一言で大いに議論が盛り上がったがそちらは割愛。朝まで一つのことに集中して話すことになるとは思わなかった。
「あれやるとまた長くなるよな」
「今年は別のことがいいね」
 振り出しに戻ってきた。しかしながら、何も得ることなく戻ってきたわけでもない。
 さて。秋における最大のイベントはもうハロウィンで決定だろう。わざわざ俺たちが論ずる必要もない。
 それを踏まえた上で、去年は仮装、となれば。
「なんかお菓子でも持ち寄ってパーティーしよっか」
「まあ、そんなところだよな」
 寝ころんだままの橘花も同じ結論に至ったらしい。いつもとやること変わらないんじゃないのかと思わなくもないが、まあ無難なところだろう。
「そういうのならうちでやろうぜ。みんな喜ぶし」
 と、咲花からの提案。咲花の言う『みんな』とは彼の弟たちを指すと考えて相違ないはず。
「いいね、そうしよう」
 自分も子どもみたいな身体をしているからか、橘花は子どもに好かれるし、橘花自身も子どもが好きだ。
「花霞今なんか失礼なこと考えたでしょ」
「いやはやそんなことはありませんぞ」
「何その気持ち悪い喋り方」
 見透かされるとは思わなかった。内心少し冷や汗をかきながらも、なんでもないふうを装って咲花に「大丈夫なのか」と尋ねておく。実は最近、咲花の家にお邪魔することが多い。そのたびに夕飯までご馳走になっているのもあり、さすがに迷惑ではないかと心配だったのだ。
「二人は次いつ来るのって毎日聞かれるよ」
「…翠? それとも桃子のほう?」
 翠は咲花家の三男、桃子は末っ子にあたる。二人とも小学校に上がったばかりだ。翠は俺に、桃子は橘花の方に大変懐いている。俺たちを待ち望むとすればその二人だろうか、という予想である。
 しかしながら咲花の返答は想像の斜め上だった。
「いや、母さんが。妹弟の面倒も見てくれるし、家事とか色々手伝ってくれるしですごく助かるってさ」
 なぜ俺と橘花は咲花家では世代問わず大人気なんだろうか。
 疑問を抱く俺を他所に、「どんなお菓子買おうか」「甘いのだけだと味気ないよなあ」と二人はとても楽しそうに相談を始めていた。

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