修学旅行に行かない選択をした話-②
前回の『修学旅行に行かない選択をした話-①』の続きです。
*高校の修学旅行
2年生になって、担任の先生との個人面談で、『行かない』宣言。
しかし、先生は「連れてくよ?」というスタンス。
そのときは一旦、引き下がりました。
夏頃にもう一度宣言。
保護者もいる三者面談の際に、母も伝えてくれたので(中学の修学旅行で嫌な思いをして…云々)、承認してくれました。
『中学の修学旅行で迷惑をかけたから』という理由以外にも、
・迷走神経反射という病気で気を失ってしまうことが怖く、それで先生や周りの生徒に迷惑をかけるのが嫌
・集団行動、イレギュラーな日程が嫌
というのもあります。
(たぶん『気を失いやすい』は先生に伝えて、それ以外は伝えなかったような気がします)
そのあと、班決め・役割決めがあったのですが、友達やホテルの部屋で同じになるであろう人たちに、「私は行かないから」と伝えました。
私が重要な役割を担ってしまったらいけないし、私のことは考えずに決めてほしかったから。
修学旅行当日は、私は図書室で午前中のみ勉強することになりましたが、そんなこと全然構いませんでした。
修学旅行までの日々は、心が軽かった。
修学旅行で起こるかもしれない事柄を心配しなくて済むのは、すごく気が楽だった。
当日も、図書室で勉強しているときは読書もOKだったので、読書ができるという楽しみを作って、コツコツと勉強してました。
嫌な思いをすることがなかった、高校の修学旅行。
しかし、『よかったね、めでたしめでたし〜』では、終わりませんでした。
秋〜冬頃、進路関係の話で、あの厳しい学年主任の先生と話をする機会がありました。
その話のついでに、という感覚で、
「あなたは自分勝手がすぎる。
修学旅行を前々から休むと言いふらすのではなく、当日に休んで欲しかった」
という旨を言われました。
たぶん、『前々から休むと決めて周りに言ってしまうと、他の生徒も休みたいと言い出し、それを認めざるを得なくなってしまう』というのが先生の言い分かと思われます。
なので、『“当日に急な体調不良で仕方なく行けなくなった”というように装って欲しかった』のではないかと。
相当なショックを受けました。
クラスの子のためを思って、事前に行かないと伝えたのに。
それに、当日になって行きません、と連絡するほうがよっぽど自分勝手だろうし、
行けない・行かないことがあらかじめわかっているのなら、早めに伝えたほうがいいと思って、伝えたのに。
そして、わかりきっていたことだし、教師からするとそう指導すべきなのだろうけれど、
『修学旅行は行くべき行事』と括られてしまっていることが、苦しかった。
母と叔母にその話をしたところ、
「そう思っていたのなら、行かないことは内緒にしておけと伝えてくれればいいじゃん💢」
と言ってくれたので、今もそう思うことができますが、
ふたりがそう言ってくれなかったら、『自分勝手がすぎる』という言葉は深く突き刺さったままだと思います。
『よかったね、めでたしめでたし〜』どころか、
モヤモヤした気持ちと、『自分勝手がすぎる』という言葉が残ってしまう、高校の修学旅行でした。
***
修学旅行に限らず、どんな行事でも、そもそも登校することも、やりたい人だけやればいい、と思います。
そういう人だけ集まって、より良い学校生活にしてくれればいい。
世界全体で見ても、そう感じています。
生きたいと思う人で、世界を回してくれたらいい。
死にたがりな私は社会では役立たずで、社会を悪い方へと向かせる足枷だから、
そんな私を省いて、より良い方向へ進んでほしい…と。
専門学校の修学旅行や卒業旅行は楽しんで行けました。
卒業旅行はディズニーだったので、リベンジを果たせて満足でした。
『50の質問』を少しずつ答えていってます。
こちらのお題をお借りしています↓
https://50mon.jp/q/513
11.好きな芸能人、有名人
杏さん、中川翔子さん
こちらもあまり詳しくないので、『なんとなく好き』の感覚です
12.好きな植物
デルフィニウム、サンダーソニア
アイコンのデルフィニウムは咲きかけの淡い色で、本来は青・水色。ピンク・紫も。
ちなみに、『燕花』はデルフィニウムの和名が由来。
***
では、また、どこかで。
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