性にこだわる理由って何だろうと思うこと

化粧をして髪を伸ばしてスカートを穿いた男性が「心は女だから私は女なんだ」と言っていますが、完全に女性に対しての価値観の押し付けだと感じます。
「女は化粧をして髪をのばしてスカートを穿くもの」だという考えがあるからこそ、「そういう格好をしたい=自分は女なんだ」という思い込みに陥るのだと思います。
私は生物学的に女として生まれそのまま現在まで生きておりますが、髪は短いですし化粧はできればしたくないですしスカートも穿きたくありません。
だからといって「自分は女じゃない!男なんだ!」なんて思ったことは一度もありません。

「男らしさ・女らしさ」「男だから・女だから」という考えをなくしていこうと言えばいいだけなのに、何故「性別を変えよう」という考えになるのか理解が出来ません。
体に違和感があり手術までしている方は別になりますが、今「心は女なんだ」と叫んでいる人たちは、体はそのままでただ恰好を自分たちの考える「女」にしているだけなので、生まれた性と違う性を名乗る必要性を全く感じません。
むしろ何故そこまで性別にこだわるのでしょうか?
「男はこう!女はこう!」という考えをなくしていけばよい話ではないですか?


例えば警察官のコスプレをしたところで、本物の警察官にはなれないですよね。
でも今騒いでいる人たちは「警察官の恰好をしているんだから自分たちは警察官なんだ」と言っているわけです。
周りが「ただ警察官の恰好をしているだけ」と言っても聞かないのです。
警察官は試験や厳しい訓練を受けてやっとなれるものなのに、彼らはただ警察官の恰好をしただけで自分は警察官になれたと言っているのです。
そんなことが許されてしまうと、誰が本物の警察官か分からなくなりますし、警察官のふりをして悪事を働く輩も増えていくでしょう。そうしたら社会は終わりますよね。
そういう状況を喜ぶのは悪事を働こうとしている者たちだけですよね。
本来であれば政府が「お前たちはただのコスプレ。警察官ではない」とはっきり言うべきなのに、「警察官に見えるね~」とあいまいなことしか言わないので、「政府も俺たちを警察官だと言っているぞ!」と調子に乗り出すのです。
彼らは自分の都合で警察官になれたりやめたりできるので、事件が起きて出動命令が出ても、「今は警察官じゃありませ~ん」と言って、都合の悪い時には逃げるのです。

警察官で例えましたが、今これが男女という性別で起こっているのです。

生物学的な男女は人間の力で変えることはできません。
寄せることはできても完全に変えることはできません。
一方「男とは・女とは」の考えは人間が作り出したものなので、変えることが可能です。
変えられないことに対し変な思想を持ち騒ぎ暴れるのではなく、男女の固定概念を変えていけばよいだけだと思いますよ。

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