文学研究 「安部公房「少女と魚」の素材と主題」

 投稿論文「安部公房「少女と魚」の素材と主題」が学術誌『國語國文』93巻2号(二〇二四年二月)に掲載されたので、要旨を記す。

論文要旨
 本論は、安部公房(以下、公房と略)の戯曲「少女と魚」の材源と主題を考察するものである。本作の知名度は高くないが、現在劇作家としても著名な公房の処女戯曲であり、彼の作風を理解する上で、分析する意義はある。
 まず、公房のエッセイや対談などを参照に彼の読書歴を調査し、読了した作品と本作の本文を比較検討した。その結果、「少女と魚」は、『竹取物語』、『神話伝説大系』「印度・波斯神話伝説集」所収の「カルナ物語」、『不思議の国のアリス』および日本昔話に頻出する二元的対立型説話の構造を下敷きにしていた蓋然性が高いことが明らかとなった。また、公房が読んでいたか不明なものの、『オズの魔法使い』や「赤い蠟燭と人魚」との間にも強い類似性があり、影響を受けた可能性は十分認められた。本作執筆時、公房は昔話・童話・神話に関心を寄せており、この作品はそうした彼の興味を反映していると言えよう。
 考証した素材との相違点を手掛かりに主題を分析し、本作は、資本家と被支配者の残酷さを描いていると解釈した。すなわち資本家の強欲さと愚昧さ、およびその強大な権力と、権力に逆らえない労働者の弱さ、併せて他者を犠牲にする人間の冷血さである。一方で、資本家の横暴に立ち向かう被支配者の正義感も描かれていることを解釈した。
 本論は、従来、西洋文学からの影響関係ばかりが論じられてきた公房研究に対し、日本文芸やインド神話から公房の影響を指摘した点が有意義である。また、先行研究において、「S・カルマ氏の犯罪」が複数の材源を用いていたことが指摘されていたが、同様の創作方法が本作でもとられていたことを明らかにした点にも、研究上の意味がある。


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