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ネオバビロン・ザ・イモータル2話

2話

 そんなこんなで、バイクを乗り捨てた沢巳と三鷹は人波をかき分け、ビジネス街に出た。
「で……お前の妹の消息だが、顔の広い友人がいる。腹も減ったし、ひとまずそこに行こう」
 そんな風に言って、三鷹は沢巳を先導して歩く。実際、沢巳も空腹だった。
 常時クラクションが鳴り響く高層ビルの立ち並ぶ通りは、夜間であれば一種幻想的かつ人工的な美しさをたたえている。3Dホログラム広告やネオンサインに飾られた大企業の看板、高層ビルの明かりが闇を照らし、改造を施した車両が鮮やかな色のヘッドライトで駆け抜け、そこかしこで起きる血みどろの喧騒を華やかに飾り立てる。しかし昼間の今は人工のまばゆさも鳴りを潜めている。
 が、トラブルは二十四時間年中無休で発生するものだ。
「うわっ、なんかそっち行ったぞ!」
 誰かが叫んだ。文字通り目にもとまらぬ速さ。人々の行きかう歩道を何かが猛烈なスピードで駆け抜けている。その素早さたるや、何かしっぽのある動物であることが分かる程度である。
「痛ってぇ、脚噛まれた! 誰か止めろ!」
「撃て撃て!」
「流れ弾に気を付けろ!」
「うわ、俺の昼飯取られた!」
合成獣キメラか? 誰のペットだよ!」
 後ろから聞こえる声に沢巳が振り向くと、すさまじい速さでソレが駆けてくる。跳ね上がって彼に嚙みつこうとした生き物は、しかし次の瞬間には宙を舞った。
 沢巳がはじかれたように横を見れば三鷹の蹴り上げた右足が地面に戻るところだった。
 周囲から歓声と拍手が上がる。
「……大丈夫か、三鷹」
 大型犬サイズの合成獣をやすやすと蹴り飛ばした男に唖然としながら沢巳は声をかけるが、当の本人は涼しい顔をしている。車道に転がった合成獣は混乱しているうちに後ろから来た大型タンクローリーにひかれてしまったらしい。ガードレールのあたりで「実験体8番は駄目だなぁ」「あれじゃ番犬には向きませんねぇ」と言っていた者たちが周囲の通行人に管理不行き届きを責められている。
 ビルとビルの合間を縫い、違法建築ゆえにめちゃくちゃな造形をしている建物の屋根をつたい、ビルの屋上から屋上へと渡り、崩れ落ちそうな階段を下って地上に戻る。そのまま地下道を経由して風俗街に出た。
 まだ昼時のため往来は落ち着いているが、日が暮れればこの辺りも赤やピンク、紫や青の派手なネオンサインがきらめいて、口の上手い客引きと好色な客たちが通りをにぎわせる。
 三鷹はあたりをきょろきょろと見回すと、目星をつけていたらしい店の裏口の扉を押し開いた。『美少年クラブ ホワイトアマリリス』の看板がかかっている。
「おい、まずいだろう!」
 屈強で戦いなれているはずの沢巳が大人しく手を引かれたまま三鷹を咎める。しかし三鷹は勝手知ったるとばかりに中に入って「よう」と声をかけた。途端にその場にいた少年たちがわっと二人に駆け寄った。その誰もが赤い瞳をしている。
「三鷹だ!」
「三鷹もそっちの人も服ボロボロだね。着替え持ってくる」
「三鷹、そっちの人は?」
「わ、すごい腕! 足も機械にしてるんですか?」
「いまオーナー呼んできますよ!」
 最年長らしい少年が言うと、三鷹はうんと優しく微笑んで「今日は良いよ」とその頭を撫でてやる。
「ちょっとみんなの顔見に来ただけだから」
 言いながら、手渡された着替えに袖を通した。どうやらこの店のオーナーの服らしく、気が咎める沢巳の隣で三鷹は慣れた様子である。
「また遊びに来てくれる?」
 最年少らしい子供が赤い瞳を不安そうに揺らして三鷹の羽織るファーコートの裾をつかんだ。病的に青白いその子の肌が妙に沢巳の胸をざわつかせる。
「当たり前だろ、みんなは俺の弟みたいなもんなんだからな」
 三鷹は優しく言い聞かせると屈んで膝をつき、子供の丸い額にくちづけしてやる。細めた琥珀色の瞳が慈悲深い色を湛えていて、それが沢巳に幼い頃にどこかで見た傷だらけの「聖母子の絵」を思い出させた。
「また今度ゆっくり遊びに来るからオーナーによろしく言っといてくれ」
 じゃあな、とさわやかに笑った三鷹は立ち上がると沢巳の手を引いて店の廊下を通って店の正面玄関を出た。
 あの子供らは何だったんだ、美少年クラブってなんだ、と問いたい沢巳の気持ちは三鷹の堂々とした歩みに霧散してしまう。
 風俗街の大通りを見れば、プラカードを掲げてデモ行進する揃いの青い服の一団がいる。ハ、と三鷹が声を上げて嘲笑する。
「見ろよ、沢巳」
「ネオバビロン浄化会か。最近流行っているな」
「この街の貞操観念復活とか治安回復とか、無理な話だと思わねぇか?」
「同意見だ。とはいえ、浄化会の思想に賛同する者が増えているのも事実だ」
「浄化会の一部メンバーがここいらの店を脅して回ってるって話もある。気に食わねぇ連中だぜ」
 三鷹は鼻で笑い、沢巳もそれを否定せず、裏路地へと入っていく。その間、沢巳は新興宗教潜入レポのことを考えていた。
(話題の中心だった生き神は逃げ出してしまったし、宗教団体の本部は襲撃を受けた。あれはそのまま壊滅するだろうが……。記事はどうしたものか)
 「あそこだ」
 ふいに三鷹が言って、裏路地の先のその店を指さした。
 軒先に赤い提灯が下がっているのを見るに、中華料理店のようだ。店名らしい「食前方嬢しょくぜんほうじょう」の看板の下に確かにランチタイムの札が下がっている。三鷹は意気揚々と引き戸を開けて「久しぶり」とあいさつした。
「三鷹?」 
 ガランとした店内で机を拭いていた小柄な愛らしい顔立ちの女が顔を上げた。健康的な褐色の肌と丸い眼鏡が印象的だ。彼女は途端に破顔して三鷹ににパッと抱き着いた。三鷹の方は彼女の小さな背中に手を回してぽんぽんとあやすように叩く。
 それで従業員らしい若い女は店先に立ち尽くす背の高い黒髪の男を見てにっこり笑った。
「ごめんなさいね、2人共いらっしゃい」
 ウエイトレスは客たちを椅子に座らせ、注文を取ると奥に引っ込む。
「……知り合い?」
「あれが情報通の友人だ」
 その小さな後姿を見ながら三鷹は問いに答える。
 店内はこじんまりとしているが居心地よく、厨房からは何かを焼く音がして食欲のそそる香りがしている。沢巳は店内を見渡す。時間のせいか、ほかに客もいない。
「知る人ぞ知る名店ってやつだ。スタッフは調理担当とホール担当が一人ずつ」
「うちは夜来るお客さんが多いのよ」
 可憐な声が割って入る。丸メガネにチャイナドレスのウエイトレスがランチセットの盆を2人の前に置いた。今日のメニューはチャーハンと唐揚げ、海鮮野菜炒めにきくらげの酢の物とスープ。デザートに杏仁豆腐も付いている。
 にこりと笑ったウエイトレスは沢巳に手を差し伸べて握手をする。
「私、俊・ンジャナ・エミリーよ。よろしくね」
「沢巳ジョウウンです。……ん、おいしい!」
「でしょ。うちの厨房係、昔はどこぞのお金持ちのお抱え料理人やってたのよ」
「チャーハンうまー。これこれ、この味が食べたかったんだよ……」
 年若い人々は料理に舌鼓を打ちながら空腹を満たしていく。この店の調理担当は厨房に引きこもってなかなか表に出てこないことで有名らしい。
 沢巳はおずおずとエミリーに問いかけた。
「あの、エミリーさんは三鷹の恩人で情報通だと聞いて、その、」
 だが、そこで言葉は中断された。勢いよく店の扉が開いたからだ。
「いらっしゃいませー!」
 チャイナドレス姿の元気のいいウエイトレスのエミリーは挨拶をしたものの、新規客の一団を目の当たりにして身を固くした。ただ食事をしに来た客とは思えない風体だった。何せ派手なスーツ姿はともかく、手に持った武器を隠しもしない。全員が牙をモチーフにしたロゴの入った腕章をつけているのが印象的だ。
「武器を仕舞ってくださる? ここは飲食店なの」
 ただ、そこはさすがにネオバビロン育ち。エミリーは冷静さを取り戻して来客たちに勧告した。けれど最初から“そのつもり”でいる相手にはどんな言葉も無意味である。リーダー格の男はウエイトレスの胸ぐらをつかんで唸るような声で言った。
「トラゴステーン・ダグフザルはどこだ」
 それを聞いて三鷹とエミリーは顔を青くした。
「おいバカやめろ、あいつは……!」
「うちのトラゴステーンは不在よ。夜にでも出直してくださる?」
 沢巳にはトラゴステーン・ダグフザルというのが誰の事だか分からなかったが、とにかくこの不躾な男たちと遭遇させるのは良くないことだけは理解した。なんといってもいつも笑ってばかりの三鷹が焦っているのだ。
「あの殺人料理人を出せよ!」
 エミリーが黙って首を横に振ると、リーダー格の男は彼女を突き飛ばした。
「エミリ!」
「エミリーさん!」
 転ばないように三鷹たちが手を伸ばす。それに支えられながらネオバビロン育ちのウエイトレスは太もものバンドに収納していた銃を取り出して構えた。男たちの目の色が変わった。彼らが武器を振りかざす、その瞬間。
 バン、と音がして厨房の扉が開いた。

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