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三石巌全業績-17 老化への挑戦-9

三石巌の書籍で、現在絶版して読むことができない物の中から、その内容を少しずつですが皆様にご紹介させていただきます。


過酸化水素

 活性酸素が4種あること、それが、一重項酸素・スーパーオキサイド・過酸化水素・ヒドロキシルラジカルであることを頭にたたきこんで頂きたい。
 ここまでにスーパーオキサイド除去酵素SODについてさまざまなご託が述べられてきた。しかし、いちばん大切な現象が扱われていない。
それは、スーパーオキサイドの除去とはどういうことか、という問題である。それは、スーパーオキサイドをふつうの酸素、つまり三重項酸素にするということであるのならわかりやすいが、そうでないのである。
SODは、スーパーオキサイドをふつうの酸素にかえるわけではない。それを除去というのはなぜかといえば、SODは、スーパーオキサイドをより活性の低い別の活性酸素に変えることになるからである。
 SODによってスーパーオキサイドからつくられた低活性の活性酸素は、読者諸君の知識のなかにある物質で、その名は過酸化水素である。
オキシフル・オキシドールなどとして昔は消毒薬として市販されていたあれだ。
 過酸化水素の分子式はH2O2であって、水素と結合した形の酸素あることがわかる。そのために、三重項酸素や一重項酸素やスーパーオキサイドのように、単純に酸素分子の一形態として紹介することはできない。はっきりいえることは、これがラジカルでないということである。
 スーパーオキサイドは、ふつうの酸素に電子一個が加わったものであった。これを《一電子還元》という。ここにさらに一個の電子が加わると《二電子還元》となって、過酸化水素ができる。この反応は、スーパーオキサイド除去酵素SOD、またはビタミンC・ユビキノン(コエンザイムQ)の媒介によっておこる。
このとき、水素イオンが参加する。そして、生成物として、過酸化水素のほかにふつうの酸素があらわれる。
 さきに、細胞外液中にセルロプラスミンという名の銅タンパクが存在することを述べた。このものがスーパーオキサイドに働くと、過酸化水素の発生はなく、それをただの水に変えてしまうのである。
 スーパーオキサイドの寿命は短く、1000分の1秒の桁であると書いたことがある。その意味は、SODなどの除去物質の介在がなくても、スーパーオキサイド分子同士の反応によって、それが消滅するということである。ただしそのとき、スーパーオキサイドは、過酸化水素と一重項酸素とになる。後者は強力な活性酸素だから、こうなってしまうことは好ましくないわけだ。
 セルロプラスミンならば、スーパーオキサイドを水に流してしまうので、いちばんありがたいが、このものはほんのわずかしか存在しないので、頼りになるものとはいえない。
 一方、過酸化水素は活性酸素としては弱いものとはいえ、DNAの縄梯子から電子を奪ってこれを切るだけのエネルギーをもっている。しかもなお水溶液中ではなかなかこわれることがなく、37度の温度での寿命は100億年と長い。おまけにこれは、生体膜を通過する性質をもっているので、遺伝子にとっては強敵である。
 むろん生体は、これに対して手をこまねいているわけではない。《カタラーゼ》と《グルタチオンベルオキシダーゼ)と2つの酵素の用意がある。後者は《セレン酵素》であるから、セレンというミネラルの補給がなければつくれない。
 ここまでくると、活性酸素に対する防御機構の全貌がつかめたことになる。まず、生体がスーパーオキサイドに出会う。するとSODが出動して、これを過酸化水素に変える。これをカタラーゼとグルタチオンペルオキシダーゼとが迎えて、ただの水とただの酸素にしてしまうというシステムだ。
 若いうちならこれら除去物質の活性が十分だから、超大量のスーパーオキサイドの発生がないかぎり、備えは万全といえるだろう。40歳をすぎるころになると、活性酸素除去酵素の低下は顕著になる。ジョギングの開祖ジェームス・フィックスも、老年学の最高権威金子仁氏もジョギングで発生したスーパーオキサイドの除去に失敗して命を落としたのであった。
 この頃は、ジョギングの前にドクターチェックが必要だという医師は少なくなった。金子氏の教訓があるからだろう。SOD活性は現行ドクターチェックの対象にはならないのである。
 スポーツマンの突然死は、スーパーオキサイドが原因といってよいが、事故の直接の犯人は、スーパーオキサイドでも過酸化水素でもない。過酸化水素を除去しそこなったために発生した《ヒドロキシルラジカル》である。このものは最強の活性酸素であって、生体のどんな組織に対しても傷害作用を行使することができる。
 体内に発生した過酸化水素は容易に二価鉄イオンに出会う。するとこれがさらに一電子還元されてヒドロキシルラルジカルになるのである。このとき、二価鉄イオンは一個の電子を失って三価鉄イオンになる。ここにビタミンCがあると、三価鉄イオンを還元して二価鉄にもどすので、これがまた過酸化水素に働いてヒドロキシルラジカルをつくる。したがって、ヒドロキシルラジカル除去の方策のないときに、ビタミンCを摂取することは危険である。これと同様の現象は一価銅イオンでもおこる。
 私はビタミンCを増量するときには、ビタミンEも並行して増量することをすすめてきた。ビタミンEにはヒドロキシルラジカル除去の作用があるのである。

ラジカル老化説

 老化という現象は、人間にとって永遠の大問題といってよく、それがなぜおこるかを考えた人は多い。そのために、古くからいろいろな学者によって、多種多様な学説が発表されている。そのなかで最新の科学上の知見と照合してどれよりも説得力をもつのはネブラスカ大ハーマン教授の《ラジカル老化説》であろう。
 この学説の発表は1956年だから、むしろ古い話といってよい。彼は「老化過程は細胞や組織に生じるラジカルがおこす連続的な有害反応による傷害の蓄積である」とした。その根拠として、放射線の照射をすると、動物の寿命が縮まることがあげられた。放射線の照射によって、ラジカルは発生するのである。
 ラジカルの正しい呼び名はすでに述べたとおり、《フリーラジカル》である。日本語にすればこれは遊離基または自由基となる。
 フリーラジカルという名称は、その本性をあらわすという意味では好ましくはあるが、いかにも長い。それで、日本語としてフリーをぬかして単に《ラジカル》と呼ぶ習慣が普遍化しているのである。
 ラジカルということばに出会ったら、それが自由であることによって傷害作用を発揮し、細胞や組織を傷害し、老化現象をもたらす危険分子だと思って頂きたい。この名称から想像できるように、ラジカルは、自由な状態にある分子または原子なのである。ここでいう自由は、人間でいえば、自由奔放のことであって、勝手に動きまわって、他の分子や原子にくっついたり、そこから電子を奪いとったりすることを意味している。
 その自由はどこからきているかというと、電子状態の不安定に原因がある。それも、ラジカルの場合、電子の数の問題なのだ。一般にその電子の不安定状態は、一個の電子をどこかから奪いとって自分のものにすることによって解消する。この電子獲得の要求があまりに激しく、相手を選ばないに等しいことから、フリーの名がついたのだ。二つの原子または原子団が、二個の電子の介在によって結合した形の分子が割れるとき、不対電子をもつ二つのフリーラジカルができる。
また、分子に電子が押しこまれたときにもラジカルができる。ラジカルは猛烈な勢いで、他の分子から電子を奪いとったり、別のラジカルと結合したりする。
 ラジカルのなかで、最近クローズアップされるようになったのは《酸素ラジカル》である。活性酸素と呼ばれるもののうち、酸素ラジカルが二種あって、そのほかにラジカルでない酸素が二種ある。
 前記のハーマンは子ネズミを二群に分け、第一群には不飽和脂肪酸を与え、第二群には飽和脂肪酸を与えることにした。すでに述べたことがあるけれど、飽和脂肪酸とは水素原子のはいる空席をのこした脂肪酸のことである。
 ハーマンがこのような実験を計画したのは、不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸とちがってラジカルの攻撃の対象になるから、第一群の方が傷害されやすいという予測があってのことだ。哺乳類の脂肪酸は不飽和のものでも二重結合が少なくて飽和に近い。第一群には魚油や植物油が与えられ、第二群には牛脂や豚脂が与えられたと思って大した見当ちがいはあるまい。
 ハーマンの実験の目的は、二群のネズミの寿命の比較であった。結果は彼の予想通り、第二群の寿命が第一群の二倍に近いほど長かったのである。彼はこれによって、ラジカル老化説の正しいことを証明したのであった。
 ラジカル分子の特徴は、一つの分子が二つの部分から成り、その結合が電子二個の介在によって成立している場合、これが二つに割れて、それぞれが一個の不対電子をもつ形になっている点にある。この電子が二個になると安定するために、ラジカルはよそから一個の電子を奪いたがることになる。二個のラジカルがいっしょになれば、電子を一個ずつもちよることになるから、安定するわけだ。したがって、ラジカルが結合の相手をもとめるとき、その相手はラジカルでなければならないことになる。
 ラジカルは強い攻撃力をもつので、そばにいる分子がラジカルでなければ、それをラジカルに変えてしまう。それには、その分子を二つに割って、両者を一個ずつの電子をもつラジカルに変えればよいわけだ。もとのラジカルは新生ラジカルの一方を結合し、片割れのラジカルを孤立させることになる。
 一個のラジカルの出現は、このようにして次つぎと新生ラジカルをつくるので、この反応はくりかえされて《連鎖反応》の形をとる。そして、このような連鎖反応をおこしやすいのが、例の不飽和脂肪酸なのである。
 ハーマンの実験の説明を短絡的にいってしまえば、不飽和脂肪酸を与えられたネズミの体内にこの連鎖反応がおきて、それが寿命を縮めたということになる。
 不飽和脂肪酸が、ラジカル例えば、酸素ラジカルに出会うと、その分子は二つに割れて、《脂肪酸ラジカル》と活性酸素とになる。両者はさらに第二、第三の不飽和脂肪酸を攻撃して、活性酸素を発生し、また過酸化脂質をつくる。過酸化脂質には、脂肪酸を1個ふくむもの、2個ふくむものなどがあって、いずれも一応は安定だが、二つ三つと集まって重合物をつくったり、それが亀裂を生じたりする。亀裂ができると活性酸素がでてくるので、過酸化脂質とよばれる過酸化物は、危険物ということになる。
 ここまでの予備知識をもってハーマンの実験の本格的な説明にはいるわけだが、それにはまず不飽和脂肪酸の所在が問題になる。このものは、細胞の《細胞膜》にある。この主成分は《リン脂質》だが、この分子の必須の成分として不飽和脂肪酸がふくまれているのが通例だ。
 細胞のなかに、ミトコンドリア・小胞体・ゴルジ体・リゾゾーム・ペルオキシゾームなどいくつかの細胞小器官が存在し、これらはすべて膜につつまれている。その膜は細胞膜と同じ構造のものであるところから、ひっくるめて《生体膜》とよぶことになっている。リン脂質は、びっしりならんで生体膜を構成しているわけだから、いったんおこったラジカル反応が、自動的に拡大する条件は整っていることになる。
 そこでハーマンの実験の話になるが、不飽和脂肪酸をたっぷりとることが寿命を縮めたのはなぜかという問題が、ここにでてくる。それがラジカル反応だとすると、これがなぜおきたか、この反応の引き金をひいたものは何か、という問題もでてくる。
 えさの不飽和脂肪酸は血液に運ばれて生体膜におちつく。生体膜は、細胞膜だけでないことはすでにご承知のはずだ。ここにラジカルまたは活性酸素が攻撃をかける。過酸化の連鎖反応がおこる。すると、リン脂質の不飽和脂肪酸は次つぎに過酸化脂質になる。この毒物はそばから徹去されて新しい不胞和脂肪酸に置換される。この交換作業がよほどてきぱき進行しないと、生体膜は破れてしまう、このとき細胞膜の形を支える《骨格タンパク》も、代謝を担当する《酵素タンパク》も酸化によって変性している。これは細胞の生命の一巻の終わりにほかならない。不飽和脂肪酸には、エネルギー源として、またプロスタグランディンの材料として、重要な役割がある。活性酸素がくれば、そんなものは、どこかへけし飛んでしまうのである。
 要するに、活性酸素には細胞を殺すだけの力が確実に存在する。そしてそれが、不飽和脂肪酸を与えられたネズミの短命に対する理論的根拠、不飽和脂肪酸老化説の理論的根拠なのである。
 いずれにせよ、ハーマンがラジカル老化説を唱えた背景には、ラジカルを生命に対する脅威とみたという事情がある。ハーマンは、活性酸素の発見よりはるか早く、この卓見に達したのだった。現在のセンスで命名がおこなわれれば、これは《活性酸素老化説》となるだろう。
 ここに付記しておくが、ラジカル連鎖反応は永久に続くものではない。ラジカルが、不飽和脂肪酸を攻撃する前に、他のラジカルに出会えば、そこで反応が終わるからである。
 また、ラジカルに一個の電子を与えて、電子数を一個から二個に変えて、その原子なり分子なりを安定状態にもってゆく《ラジカル除去物質》もある。その具体例としてビタミンEをあげることができる。
 ビタミンEはラジカルに一個の電子を与えてそれを安定化させたのち、アミノ酸システインから一個の電子を奪って、みずからもとのビタミンEにもどしてしまう。電子一個を奪われたシステインラジカルは、二個が結合して、シスチンという安定分子となる。これで連鎖反応はピリオドを打たれるのだ。

【三石巌 全業績 17 「老化への挑戦」より抜粋】


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