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三石巌の分子栄養学講座−1

この文章は三石巌が1984年に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。


分子栄養学とは

分子栄養学だなどいわれると、聞いたことのない言葉として、耳にひびくことでしょう。恐らく、大方の人は、栄養物質について分子レベルで考える学問ではないか、と想像することでしょう。 私たちの口にはいる、パンも、バターも、味噌も、豆腐も、せんぶつめれば、全ては分子の集合体です。万物は分子の集合体なのですから、食品も例外ではないということです。

分子栄養学という言葉は、私の造語です。その言葉をつくった私は、分子栄養学の意味を、栄養物質を分子レベルで考える学問としたわけではありません。そんな考えなら、昔からあったわけで、いまさら、新しい言葉をつくるのは無用のわざです。

分子栄養学というからには、分子レベルの考え方がどこかにあるに違いないと、誰しも想像されることかと思います。その分子が栄養物質側のものでないことは、もうおわかりでしょう。それは、受入側の分子だったのです。

栄養物質を受入れるのは、いうまでもなく私たちの身体以外のものではありません。分子栄養学は、身体を分子レベルで考える栄養学のこと、と理解していただきたいと思います。

私たちの身体は、水分子もあります。タンパク分子もあります。リン脂質分子もあります。そういうものについての分子レベルで扱う科学も、昔からあったことで、いまさらとりたてるのはおかしなことです。分子栄養学の頭につけた分子は、そのような分子をさすものではありません。

分子生物学という新しい学問が誕生したのは1958年ですが、ここまで生体のことがわかってみれば、栄養学も書き換えられるベき運命にありました。分子栄養学とは、分子生物学によって書き換えられた栄養学という意味の命名なのです。

分子生物学とは、生物を分子レベルで考える生物学に違いありませんが、その分子の根幹におかれるのが遺伝子なのです。だから分子生物学というかわりに、遺伝子生物学といっても、不当ではありません。それと同じように、分子栄養学は、遺伝子栄養学といってよい内容をもった学問である。といっておきましょう。

私たちの身体は、遺伝子分子をかかえた分子の集合体です。栄養物質分子の受入側には、そういう特徴があるのです。

ここからすぐにわかることは、遺伝子のもつ要求にこたえることが、食品の条件だということです。分子栄養学の本領は、遺伝子をフルに活動させるのに必要な栄養物質は何と何か、めいめいにそれがどれだけいるか、の手がかりになる理論を提供するところにあるといっておきましょう。

古典栄養学と分子栄養学

分子生物学を基盤とする栄養学。これが分子栄養学です。これを新しい栄養学とするならば、分子生物学以前のそれは、古い栄養学ということになるでしょう。これを私は「古典栄養学」とよびたいと思います。

古典栄養学は、食物を、熱や力のもとと考えるところから出発します。熱も力もエネルギーですから、古典栄養学では、食物をエネルギー源と考えます。そこで、カロリーというエネルギー単位を使って、食品の「栄養価」を割りだすことが柱になりました。

成人一日の摂取カロリーがいくらでなければならないという目安がたつと、こんな献立では栄養価が足りるとか、足りないとか、食生活について新しい観点がでてきました。これは、古典栄養学のおかげといってよいでしょう。

カロリー計算は、学校給食や病院食などで、栄養士さんの大切な仕事になっています。それはまた、アフリカ西岸諸国に対して、当面どれだけの食糧援助が必要か、というような計算の基礎を与えます。さらにまた、食事制限を必要とする糖尿病患者の献立をつくるのに、なくてはならないものとなっています。このような意味で、古典栄養学が、現在もなおその価値を失っていないことは確かです。

古典栄養学は、栄養素として、糖質・脂質・タンパク質の三者をあげ「三大栄養素」の考え方を全面におしだしました。栄養価をカロリーであらわす立場があれば、タンパク質はどうしても影がうすくなります。それにしても、三つの栄養素があれば、そのバランスはどうかという問題がおこるのは当然でした。「栄養のバランス」の概念は、そこから生まれたのでしょう。

栄養バランスの数字が一方にあり、総カロリー数が一方にあれば、糖質・脂質・タンパク質の一日必要量が算出されるわけです。そうしておいて、ビタミン・ミネラルをふくむ食品を献立に組みこめば、理想的な食事ができる、というのが古典栄養学の思想なのではないでしょうか。

分子栄養学の理論からすると、三大栄養素の筆頭にくるのがタンパク質になります。「タンパク質は生命をつくる」のです。だから、タンパク質の必要量は、カロリーとは無関係に、プロテインスコア100の良質タンパクとして体重の1000分の1とされます。これは必須の条件でして、糖質や脂質の量に左右されない数字なのです。

この例でおわかりのとおり、分子栄養学では、栄養素の絶対量に目をつけます。だから、栄養のバランスという考え方のでてくる余地はありません。これは、三大栄養素に限らず、ビタミンやミネラルなど全ての栄養素について、一貫しての主張となります。


三石理論研究所


三石巌
1901年 東京都出身
東京大学理学部物理学科、同工学部大学院卒。
日大、慶大、武蔵大、津田塾大、清泉女子大の教授を歴任。
理科全般にわたる教科書や子供の科学読み物から専門書にいたる著作は300冊余。
1982年 81歳の時、自身の栄養学を実践するために起業を決意し、株式会社メグビーを設立。
1997年 95歳で亡くなるまで講演・執筆活動による啓発につとめ、
生涯現役を全うした。

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