摘果シードル/ヒモと干物王
りんご農家に居候している山猿から呼び出された。
猿は樹上で熱心に実すぐりをしていた。
未熟なうちに九割方を間引くのは、栄養が行き渡った大玉を育てるのに不可欠な作業だ。
ーテキライテキカカテキライテキ次の世でこそ赤くなれー
落とされた幼果が彷徨わず土に還れるよう、歌を絶やさず身軽に枝を渡っていく。
「頼み事というのは」
「酒を造ってほしい、この実でな」
投げてよこしたのは摘んだばかりの緑の実。
「身を守るために苦く酸い、猿でも食べぬよ。キレや渋みがありながら飯に合う、麦や葡萄の酒にも劣らない林檎酒をお主なら造れるだろう?」
慣れてももげば聞こえるのだと『エラバレタカッタ』足元に広がる一面の幼な声。
「承知しました」
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ヒモ失格で追い出され、港町にやって来た。
金を稼いで女を見返してやる、ハチマキ頭の漁師に「少々お時間よろしいでしょうか」忙しいと断られた。
畜生、誰も選んでくれない人生。
ひなびた売店の軒先に並ぶ金目鯛と目が合った。
「汝、そのままいじけて干からびるか」
威厳のある声だった。干物の王かな、たぶん。
「我は運悪く干されていたが、あがくことにした。汝、我を頭に乗せ大波に向かって走るがよい。世界に夜明けをもたらそうぞ」
俺は選ばれたと思い、金目鯛を曇天に高く掲げた。
それを合図に近隣の干物たちが一斉に走り出した。
カマスは跳ね、洗濯バサミの付いたアジが空を飛んだ。
炙られるだけなんて糞そくらえ、海を切り裂け、夜明けだ!
(300字)
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