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「我々は資本主義の社会に生きているのだから」と言った。

ある企業の社長は従業員向け半期決算説明会でこのように言った。

「我々は資本主義の社会に生きている」

従業員による自社株の保有について機会を説明する中で触れられた。

決して自社株の購入を強制するわけでもなく、事業年度が締まると純資産の簿価が上がる見込みが高いが、決算までは前期の簿価で販売するため保有したいと考えている従業員は今期中に取得する方が得であるということが説明された。

この会社では月次の決算情報が全従業員に開示されている。事業計画や予測の仮定についても話されている。収益の前提となる営業状況でさえ、全従業員が閲覧できる。事業上リスクが生じる意思決定もすべて、開示する。上場企業ではないが、上場企業の株を持つのと同等以上の情報は得たうえで判断することができる。

この社長にとって、一株数十万円の自社株を従業員に放出することに、ほとんど資本政策的な利点はない。従業員が抜けたい、と思ったときはその時点での簿価で買い戻す条件も付けている。実質のロックアップ(売却期間の制約)は決算が締まるまでの1年以内だ。

ではなぜ、このようなことに取り組むのか。

曰く「自分の会社で働く社員には、資本主義の下で働いているということを理解してほしい。理解したうえで、選択ができるようにしてほしい。疑似的ではあるが、自社株を持って、どういう仕組みで資本が増えるのかを知ってほしい。もちろん上場株で勉強してもらうのでもいいが、労働と比較できる点において自社株を持ってみるのも勉強になる」

仕組みを理解している役員や従業員のほうが強いことを経験的に知っているからであり従業員教育の一環という意味合いが強い。

この経営者にとって、資本主義とはゲームのルールであり倫理観などとは関わり合わない純粋なシステムである。事業に資本を拠出したものは、事業所有権を持ち利益から分配を得る。従業員は労働の対価により雇用契約に基づいて金銭を得る。さらに私たちが日々関与する経済は片方だけで成り立つものではない、という淡々とした認識。そのうえで、何にどれくらいお金と時間を投じるのかを考えることを促す。

その場に居合わせた私は、新たに衝撃を受けたわけではない。その通り、としか言いようがないことが経営者から従業員に向かって語られただけだからだ。そこに装飾的な言葉は全くなかった。社員はみな静かに聞き入っていた。従業員による自社株の保有比率は高まることだろう。

この社長の言葉に、私たちが住む世界を形作っているものに深く関わる何か非常に原初的なものを見た気がした。


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