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冤罪による極刑/社会派ドラマの傑作『私は死にたくない』

まず、例によってわたしの書いたジャケットのあらすじがこちら。
前科があり、保護観察中のバーバラ・グレアム(スーザン・ヘイワード)は、犯罪仲間の男達と一緒にいたところを警察に逮捕された。容疑は身に覚えのない強盗殺人罪だった。バーバラは最初から無実を主張し、事件当時は自宅で夫のヘンリーと激しい言い争いをしていたと言い張った。だが夫は家を飛び出たまま行方が分からなかった。そんな中、バーバラは同囚の一人から、自分の恋人を使ってアリバイを作ることができると持ちかけられる。バーバラはこの案にすがりつくが、これは検察側が仕掛けた罠だった。
無実を主張したままガス室に消えた実在の死刑囚バーバラ・グレアムの冤罪事件をロバート・ワイズ監督が緻密に描くドラマの傑作。スーザン・ヘイワードは本作でアカデミー賞®主演女優賞を獲得した。全篇に流れるウエスト・コースト・ジャズが無実の罪に服さざるを得なかった一人の女性の感情の起伏を描き出すことに成功している。
全編に流れるジャズはジェリー・マリガン、音楽は『いそしぎ』のジョニー・マンデルが担当。スーザン・ヘイワードの行きつけのジャズクラブで実際にマリガンが演奏している場面があります。アルバムも出ました。名盤とは言われていませんが・・・。

ジェリー・マリガンの同名アルバム

本作を発売したのはわたしが「復刻シネマライブラリー」の仕事をはじめて、もう終盤の頃でした。MGMの重要タイトルを調べていて、他にもいくつか候補があったのですが、監督がわたしの好きなロバート・ワイズであること、スーザン・ヘイワードがアカデミー賞主演女優賞に輝いていること、全編にウエスト・コースト・ジャズが流れることを理由に、こちらを優先することにしました。
1958年第31回のアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた女優陣がマァ凄い。
 スーザン・ヘイワード『私は死にたくない』監督:ロバート・ワイズ
 デボラ・カー『旅路』監督:デルバート・マン
 シャーリー・マクレーン『走り来る人々』監督:ヴィンセント・ミネリ
 ロザリンド・ラッセル『メイム叔母さん』監督:モートン・ダコスタ
 エリザベス・テイラー『熱いトタン屋根の猫』監督:リチャード・ブルックス
わたし個人としてはこの中から選ぶなら『走り来る人々』の黄金のハートを持った娼婦役シャーリー・マクレーン。この役をやるためにシャーリーはずっと娼婦役をやってきたのかもしれないと思うくらい。シナトラに一途な姿は胸に迫るものがありました。シナトラとつかず離れずの上流階級のお嬢さんマーサ・ハイヤーに会いに行く場面も本当に胸が熱くなりました。もちろん「復刻シネマライブラリー」で復刻しました。大好きな名作です。いつかまたこれについても書こうと思います。

この時のプレゼンターは、ジェームズ・キャグニーとキム・ノヴァクの2人。2人が交互にノミネートされた女優たちの名前と作品名を読み上げます。そして最後にキャグニーが封筒の中から紙を抜き出し、スーザンの名前を読み上げます。カメラは客席から満面の笑顔で舞台に向って走ってくるスーザンの姿をとらえます。このスーザンの顔を見るとまた胸にぐっときます。スーザンが舞台に上がり、キム・ノヴァクからオスカー像を受け取り、キャグニーと握手を交わし、スピーチをします。
「会場の皆様、それから映画芸術科学アカデミーの皆様に感謝申し上げます。大変大変うれしいです。そして今夜の受賞を可能にしてくれたミスター・ウォルター・ウェンジャー(『私は死にたくない』の名プロデューサー)に感謝いたします。」
この時の模様はYouTubeで観ることができます。

この後のインタビューでスーザンは映画のタイトルにひっかけて
「I want to die like this.(このまま死んでしまいたい)」と語ったそうです。
『私は死にたくない』のスーザンは確かに素晴らしかった。映画のテーマを非常に良く理解し、ヒロインのバーバラ・グレアムそのものになっていたと思います。それにもましてロバート・ワイズの積み上げ式のストーリーテリングが実に良くできていて、クライマックスのガス室での最期までノンストップで繋ぎます。初めて鑑賞したとき、当時の死刑執行時にはあんなに見物客がいたのかと驚きました。詳しいことはブルーレイ封入特典のリーフレット解説に書いたのですが(これはいつか公開して有料記事に挑戦してみたいと思います!)、スーザン自身の最後について少しふれておこうと思います。
スーザンは1975年に脳腫瘍及び複数の癌のために亡くなりました。まだ57歳の若さでした。この死について映画ファンの間で『私は死にたくない』の2年前にジョン・ウェインと共演した『征服者』に出演したことが原因ではないかと語り継がれているのです。

『征服者』のオリジナル・ポスター


『征服者』はジョン・ウェインがなんとチンギス・ハンを演じるという珍品で、スーザンはお相手のお姫様役でした。これがなぜ死因につながっているのかというと、この作品のロケ地がネバダ州の核実験場の近くで行われたからです。その後ジョン・ウェインを始め多くの出演者、スタッフが癌や悪性腫瘍などの病気で亡くなりました。このことは広瀬隆氏の「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」に詳しく書かれています。まあ、ジョン・ウェインに関しては超ヘビー・スモーカーでしたが。(このことも『征服者』のブルーレイ特典のリーフレットで詳しく解説しました)

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以下、無用のことながら。



公開当時の外国映画出版社のプログラム

わたしは基本的に、公開当時の素材を集め、それを使用してジャケットを製作する方針をとっていました。テレビ映画や未公開作品はできるだけ当時使われていたレタリングを参考に、当時の雰囲気が出るようにしていました。
そんな中で、『私は死にたくない』のプログラムの表紙は、檻越しのアップと、踊っているスーザンの2つの画像をコラージュしています。これをそのままでいくかとも考えたのですが、どうしても手前の踊るスーザンに違和感を感じるのです。おそらく当時のデザイナーは死を目前にしたスーザンと生き生きとした生の躍動感にあふれるスーザンの対比を表現しようとしたのかもしれませんが、どうしても気になります。檻の中の不安げな表情は作品のテーマに迫っていますが、踊っている姿があると一体どういうストーリーなのか混乱を招いてしまうのではないかと思いました。

ビデオのキーアート

これが40年後、90年代のビデオ時代のキーアートです。やはり踊る姿が無くなっていました。違和感感じたのはわたしだけではなかった。というわけでDVDジャケットもこれでいこうということにしました。
そして面白いのは、ジャケット下部のクレジット表記。製作のウォルター・ウェンジャーの名前がいやに大きくないですか?監督のロバート・ワイズよりも大きいなんて、どれほど自己顕示欲が強いのかという感じ。これはジャケットを制作する時に、誰の名前を一番大きくとか、必ずこの人の画像も使えとかやけに細かい指示を権利元が出してくる場合があるのです。
一番困ったのは『1000日のアン』の時。
きちんと手順を踏んで本国にアプルーバル(許諾)を取りながらリリースに進んでいたのですが、セルDVDを発売した直後にこのキーアートはだめだと権利元から連絡があったのです。

初回発売のジャケット

ジュヌヴィエーブ・ビジョルドが王冠を手にし、背景は濃い紅色のカーテンという収まりの良い構図で言うことなしです。日本公開時のポスターなどを使う手もあったのですが、この時は支給した素材しか使ってはいけないという決まりでした。それで、権利元に「もう発売済で流通している。今更回収して差し替えるのは無理だ」と抗議しました。その上で「次にレンタルのリリースをするので、その時点で差し替えるのでどうか」という打診をしたところ「セルとレンタルではどちらが出荷量が多いか」と聞いてきました。もちろんレンタルだというと納得したらしく、レンタル以降はすべて差し替えるようにという指示でした。それで差し替わったのがこちら。

は?

ビジョルドの後ろにめちゃくちゃ違和感のあるリチャード・バートンが立っている・・・。これはあんまりなデザインですよね。実は本国の契約書の中にアートワークには必ずリチャード・バートンを入れなければならないという制約があったのを権利元の担当者が見落としていたのです。この映画においてビジョルドがヒロインですが、あくまで主演はバートンで、ネームバリューもバートンの方が上ということからきているようです。しかもそれが死後の現在まで効力を発揮しているなんて・・・。
ハリウッドらしいというか、ばかばかしいというか、そりゃハリウッドシステムに嫌気がさして、自分のプロダクションで映画を作ろうとする監督が増える訳だと思いました。

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