見出し画像

トラウマ映画『わが緑の大地』

 子供の頃に何気なく映画を観ていて、意図せずある場面が子供心に傷をつけてしまうということが、映画ファンには少なからずある体験ではないかと思います。恐怖映画ならまだしも、それが普通のドラマの場合、そしてその演出が優れていればいるほど真に迫る深い傷を負わせてしまう、そんなわたしにとってのトラウマ映画がポール・ニューマンの『わが緑の大地』でした。

 いったいこの映画のどこがトラウマになるのか?そのように思われる方が多いと思います。原作はアメリカ現代文学の旗手ケン・キージーで、映画ファンにとって一番有名な彼の作品は『カッコーの巣の上で』でしょう。したがって本作は我が国に紹介されたケン・キージー文学の1つ目の映画作品ということになります。
 『カッコーの巣の上で』は精神病院という管理社会の中に闖入した一人の男マクマーフィ(ジャック・ニコルソン)が、看護婦長のラチェット(ルイーズ・フレッチャー、名演!)と敵対しつつ、意思がなく無力な患者たちを変えていくストーリーでした。

 『カッコーの巣の上で』はミロス・フォアマンの演出も素晴らしく、話の構造もわかりやすいうえに、アカデミー賞を受賞したのでたくさんの観客に観てもらえましたが、『わが緑の大地』の方はいまひとつマイナーな印象がして、ご覧になった方は非常に少ないかもしれません。
 本作の監督は主演も務めたポール・ニューマンです。ニューマンは我が国で公開された映画作品として5本を監督しています。1本目が奥さんのジョアン・ウッドワードを主演にした『レーチェル レーチェル』。なんでこんな題材を監督1作目に選んだんでしょうね。そういえばクリント・イーストウッドも3作目で『愛のそよ風』という繊細なドラマを撮っていました。こういうアクションや男映画に出演してきた俳優たちはなぜか女性の繊細なドラマを撮るということにあこがれでもあるのでしょうか。
 そして2本目がこの『わが緑の大地』です。ちなみに3本目は『まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響』という長いタイトルで、劇場未公開ですが、WOWOWで放送されました。これも奥さんのウッドワード主演なのですが、ものすごくだらしない主婦を演じさせて、ちょっとイメージが変わってしまうような作品です。4作目が『ハリー&サン』、これも未公開ですがVHSにはなりました。これは『わが緑の大地』につながるような作品で、なかなか観ることは難しい部類ですが、老境に差し掛かるとこういったドラマの方が観たくなります。そして5本目が『ガラスの動物園』、ひとときハリウッドでよく映画化されたテネシー・ウイリアムズの戯曲の映画化です。わたしは観ていませんが、ニューマン演出の真骨頂とされるような作品です。
 さて、『わが緑の大地』ですが、この作品のどこがわたしのトラウマになったのか?簡単に物語をご紹介しますと、木材の伐採業を営んでいるスタンパー一家が主人公です。年老いた祖父がヘンリー・フォンダ、その息子がポール・ニューマン、そこに帰ってくる義理の弟がマイケル・サラザン。リー・レミックがニューマンの奥さんですが、この一家、家長のヘンリー・フォンダを筆頭に完璧な男尊女卑の家族で、観る人が見たら毛嫌いしそうな感じです。で、伐採業の同業者たちが、賃上げのストライキをしているため、スタンパー一家にも協力を求めに来るのですが、「一度交わした納品の約束がどんなことがあっても必ず実行する、それがスタンパー家の誇りである」という信念のもと、一切受け付けず伐採を続けます。当然嫌がらせも受けますが、全くはねつけません。ところが人手不足に陥り、それがもとでヘンリー・フォンダは大けがをし、ニューマンの従弟(だったと思います)リチャード・ジャッケルも命を落としてしまいます。
 ジャッケルはこの演技で強烈なインパクトを残し、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。そしてこの人が命を落とす場面こそがわたしのトラウマになったのです。
 長い間タイトルが思い出せず、この場面だけを憶えていて、どんな話だったのかもずっと分からず仕舞いでした。映画評論家の町山智浩さんがツイッターで「場面だけ覚えててタイトルが思い出せない映画を教えます」というキャンペーンをやっていた時に、思い切って投稿して聞いてみたのですが、もうずいぶん時間がたった後で、それには返信はありませんでした。
 この場面のことを書くとネタバレになってしまうのですが、ポール・ニューマンの演出と編集が見事で、いま観ても苦しくなるシーンです。一見の価値ありと思いますのでぜひご覧になってみてください。
 権利元はユニバーサルで、送られてきた本編マスターと字幕のチェック中に「この映画だ!」と自分のトラウマ映画に気づいたのでした。チェック中にものすごく興奮して、何度も見返したのを憶えています。後で調べるとこの場面の撮影は巨大なセットを組んで行われた大がかりなものだったようですが、わたしのように観客に強い記憶を植えつけた場面となったわけですから、その製作費も値打ちがあったのではないでしょうか。

 以下、無用のことながら。

 子供のころのトラウマ映画といえば、真っ先に思い出すのがジョルジュ・フランジュ監督の1959年のフランス映画『顔のない眼』ですね。子どもの頃何度も日曜洋画劇場で放送されて、そのたびに布団にくるまって恐怖におののいていました。怖いくせに観たくなってしまうんですね。顔の皮膚を剥ぐ手術の場面も怖かったし、一番恐ろしかったのは事故で顔を失った少女が、白いおめんを外す場面でした。

 そして、なぜか同時期に「眼」という共通のキーワードで幼いわたしにインパクトを与えた作品が、1971年制作、岸田森主演の『呪いの館 血を吸う眼』でした。

 この映画に出てくる人物は誰でも怖い。高品格も怖かった。岸田森の吸血鬼は、こけおどしではない怖さがありました。夏休みにプールから帰って偶然つけたテレビの昼間の時間に放送していて、消せばいいのに最後まで観て、夜トイレに行けなくなったのでした。
 それともう一つ、これは『顔のない眼』がヒントになったと思うのですが、同じ時期にまた昼間にやっていたテレビで観てしまい、トラウマになったのが『狂ったメス』です。

 ジャケットからして異常ですが、ピーター・カッシングの無表情な怖さに加えて『顔のない眼』と同様に女性の皮膚がやけどでただれ、何度手術をしてももとの醜い顔に変わっていくさまが、子どもには害毒でした。昭和の時代、よくこんな映画を昼間に放送していたなと思います。この映画も復刻シネマライブラリーで発売しました。わたしの趣味です。
 そしてあと、もう1本、場面だけは覚えていてタイトルが分からないトラウマ映画が残っているのです。これがわたしの最後の「タイトルが思い出せない映画」です。それはどんなシーンかというと、おそらく、ハマーフィルムかイタリアのジャッロかだと思うのですが、「地下室から見上げる階段が右奥にあってそこを何者か、おそらくモンスターか吸血鬼かが通り過ぎると虹のような影というか、気味悪い光が差し込む」という場面のあるホラー映画です。これも長いこといろいろ調べましたがわからず・・・。50年代ぽい気もしますが、60-70年代かもしれません。最初フランケンシュタイン系だったかなと思ったのですが、どれかわかりませんでした。ただ、何か藁を敷いたような場所に何者かが寝かされていたような、飼育されていたような、そんな場面もあったような記憶があります。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?