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素晴らしいミステリー映画『生きていた男』が大ヒット

古い作品というのはなかなか宣伝費をかけにくく、いざ発売しても求めているお客さんの耳目に届けるのは至難の業です。なので「復刻シネマライブラリー」も取り扱ってくださるお店の店頭PRが中心になります。これでは普段お店に行かない方には、やっとDVDになったことが伝わらない。大変苦労しました。しかしながら、リリースすると「うちで取り上げたいので画像を貸してください」というお問合せが続いた伝説の作品があります。それが『生きていた男』(58)です。若い方はご存知ないかも知れません。同じ時代のミステリー『情婦』(57)は若い映画ファンの方も絶賛されているのに、こちらは何それ、どんな映画?
それもそのはず、ビデオにもならず、長年観たくても観られないずっと幻の作品だったのです。

あまり知られていない作品なのでわたしがAmazon用に書いたあらすじをそのままご紹介しましょう。

ダイヤモンドで財をなした父の遺産を相続したキム・プレスコット(A・バクスター)。スペインの別荘で開いた晩餐会の後、アマチュア・レーサーで1年前にアフリカで事故死したはずの兄のウォードと名乗る男(R・トッド)が現れる。兄とは顔も違うにも関らず、本人のパスポートを持っている男は事故で死んだのは別人で、ずっと記憶が戻らなかったと言う。次々と兄である証拠をキムに見せつけた男は、キムが父の死後、パニック障害で入院していたため混乱しているだと周囲に説明する。男の狙いが自分を殺すことだと確信したキムに男は、父の死後消えた巨額のダイヤモンドの行方を尋ねる。地元警察の署長バルガスに事情を説明したキムは男の指紋がついたグラスを手に入れ、男が兄ではないと証明しようとするが・・・。

身近な人物が赤の他人と入れ替わる。しかもその人物はすでに亡くなった人物のはず。その謎の人物の目的もわからないまま、次々と周囲の人間を味方につけていく。自分が当人である証拠をいくつも見せ、ヒロインはどんどん頼りどころを失っていく。もしかしたらおかしいのは自分の方ではないか・・・。ちょっとメランコリックで、昔でいうニューロティックな要素を含みつつ、ミステリアスな展開が極上の映画体験をさせてくれる逸品です。

川本三郎先生とこの映画の話になって、「劇場で最後はどよめきが起こったんだよ」という逸話を聞きましたが、まさにその通りのサプライズド・エンディングが待っています。50年代のミステリーの名作といえば、出てくるのはサスペンスが多く、ヒッチコック作品にしても大半はサスペンス系で「謎解き」を楽しむ作品は少ないです(『バルカン超特急』は1938年ですし)。

わたしが好きなのは「兄と名乗る男の目的は何なのか?」「この男本当に兄なのか?」というミステリー要素で、そこがゾクゾクするところなのですが、実はもう一つ重要なプロットが隠されています。そこは種明かしになってしまうので書けないのですが、これは見事な構成です。そして何よりアン・バクスターが文句のつけようのないほど美しい!当時35歳のハリウッド女優たる堂々とした存在感が素晴らしいです。本作を観終わってからもう一度『イヴの総て』(50)を見直したくらいです。

そして何より『生きていた男』を初DVD化したことである出版社から連絡がありました。それがなんとハヤカワ書房のミステリマガジン社さん。大変うれしい記事を掲載してくださいました。以降ミステリー作品を発売するたびに取り上げてくださり、そのおかげでミステリーファンのお客様に「復刻シネマライブラリー」を知ってもらえることができたのでした。

サスペンス映画は多いけれどミステリー映画は意外に少ない。わたしは「サスペンスもいいけどミステリーに力を入れよう。もっとミステリー映画を紹介しよう」と心に決めました。そしてその後もオットー・プレミンジャー監督の『バニー・レークは行方不明』、ベイジル・ディアデン監督『サファイア』、マックス・フォン・シドー主演『ナイトビジター』へと繋がっていきますが、これはまた別の機会に。

以下、無用のことながら。

『生きていた男』は、「赤の他人に何らかの狙いがあって、主人公の身近な人間に堂々と成り済まし、周囲の人間たちにも信じ込ませる(そのようなシチュエーションが成立している)」というプロットです。このような作品は他にもあります。新婚旅行先で夫が行方不明になり、全く別人の男が夫として現れる『妄執の館』(69)、これはジャネット・リー主演のTV映画で、これを夫ではなく妻が行方不明になって見知らぬ女が妻として現れる逆パターンの『他人の向う側/私の家に見知らぬもう一人の妻がいる』(75)、これもTV映画で、別の邦題で『ハネムーン・クライシス/新妻蒸発』、そしてそのリメイクでマーゴット・キダー主演の『消えた花嫁』(86)、これもTV映画。この3本は同じロベール・トーマの舞台劇「罠」(60)が原作で、日本でも上演されたことがあります。どの作品も復刻しようと権利元やマスターの所在を調べましたが分からず仕舞いでした。今もDVDになっていないと思います。この他人の入れ替わりというプロット、今でも使えると思うんですよね。ここにあと1つか2つ、要素を組み合わせると面白いシナリオが出来上がると思うんですが・・・。

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