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2022年8月26日の備忘録〜この世ならざる存在を見たい欲望『NOPE/ノープ』

 この日もうつ状態が酷くて、家に篭りながら今までの人生での苦渋と屈辱に満ちた出来事を思い出しながら、もう自殺する以外の逃げ道がないのか等、他人が聞いたら気が滅入るようなことばかりが頭に浮かび通りすぎる、それが終始続き食事もできない状態だった。そういった鬱々しいことをTwitterに便所の落書きのように書き散らしているうちに夜になってしまった。そういった他人を不快にするツイートに、善意でリプしてくれた人にもネガティブな言葉で返し、相手を傷つけた。

 自分がやってることが、前の職場で他人が聞いてるのを承知で愚痴をブツブツ言いながら仕事していた事務職のババアと一緒で、リプの返事を返した後で相手を酷いことを書いてしまったことへの申し訳なさと自己憐憫でさらに気が滅入った。今さら謝ってもどうしようもないことだが、「本当にごめんなさい」という気持ちでいっぱいだ。


 遠出できるような精神状態ではなかったが、少しでも外出しないとさらにダメになると思い、自転車を漕いで近所のシネコンへ。そこで『NOPE/ノープ』をIMAXで鑑賞。
 今までジョーダン・ピールのことを「ミステリー・ゾーンが好きな器用貧乏な監督」と舐め腐っていたが、この映画に関しては素直に楽したし、ジョーダン・ピールの監督としての飛躍に感心されられるものがあった。

 今までの前2作は、テレビドラマの1エピソードを引き伸ばした感覚があり、とんでもない法螺話に満ちたドラマとスケールがミニマムの域を出ず、映画たり得るような代物ではなかった。しかし、本作はそういった欠点がある程度解消され、西部劇とSFを絶妙にミックスさせた堂々たるスペクタクルに仕上がっていた。もちろん、名カメラマンのホイテ・ヴァン・ホイテマによるIMAXカメラを使った、空と大地だけが広がる風景の中にUFOが浮遊するスペクタクル溢れる撮影に寄与するところもデカい。

 この映画は『ミステリーゾーン』的な社会風刺に満ちたSFでありながら西部劇の側面が強い。荒野のど真ん中に居を構える家族が異民族の襲来に遭う『捜索者』でもあり、男が馬に乗って異民族を倒そうとする『アパッチ砦』など、観てる最中に西部劇のフォーマットが幾つも頭をよぎらずにはいられない。劇中で登場する「世界初の映画」である黒人騎手の連続写真、馬を生業とする一家の家に飾られた黒人西部劇『ブラックライダー』のポスターといったディテールからも、ピールが西部劇を意識したのは明白だ。

 ただ、本作が面白いのは、前述した「白人VS先住民」という白人西部劇の専売特許だった様式を、「有色人種VS宇宙人」の西部劇に変えてみせている所だろう。そして、パンフレットに寄稿している稲垣貴俊さんの言葉を引用するなら、これは「見過ごされた者たち」の西部劇でもある。

 牧場を経営するダニエルカルーヤ&キキ・パーマーの家族は「世界初の映画」に登場した黒人騎手を曽々々祖父に持つ歴史ある家系にも関わらず牧場経営が傾き周りから疎んじられている状況を打破する為に、UFOのバズり動画を撮ることで一発逆転を狙う。それが映画の中核にある一方で、同業者である牧場テーマパークを経営するスティーヴン・ユァンが、子役で名を覇した過去に浸るサブ・エピソードがカットバックされる。

 本作におけるカウボーイの位置付けにある登場人物たちが、アフリカ系やアジア系という人種設定だけでなく、「有名になりたい=見られたい」という欲望を抱えている。その「見られたい」という欲望が、目視したら死が訪れるUFOを「見たい・見せたい」という物語展開と繋がっているのが興味深い。
 
 そして、その「見たい・見られたい」という行為が登場人物たちの原動力だけではなく、映画館へ足を運び「デカいUFOをみたい」と巨大なスクリーンを凝視する観客の見世物的な欲望と直結している。マイケル・ウィンコットが遠くからUFOを撮影した直後に、「間近で見たい」と言って単身UFOに近づくシーンは、観客が望んでいることを代弁しているかのようだった。
 
 そういったことを踏まえると、主人公兄妹の父親をキース・デイヴィッドが演じているのも頷ける。キース・デイヴィッドの代表作の一つと言っても過言ではないジョン・カーペンター『ゼイリブ』は、社会から「見過ごされた」貧しい者たちが経済を牛耳る宇宙人と戦う、『大いなる西部』へのオマージュを絡めた西部劇の変奏であり、特殊なサングラスをかけることで社会が宇宙人に支配されている事実を知る「見る」という欲望を観客に掻き立てる映画だった。ロディ・バイパーとキース・デイヴィッドが延々殴り合う名場面だって、発端はサングラスで世界の真の姿を「見る・見ない」の問答だった。
 
 映画監督の高橋洋が著書やインタビュー等で「この世ならざる存在を見たい欲望」について論じていたり、彼が脚本した『リング』や監督作『恐怖』は「異形の存在を見る」ことにまつわる映画だ。そして、『NOPE/ノープ』も「未知の存在を見たい」という願望を求める登場人物と観客を共犯化させる快作だ。

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