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【一人暮らしの徒然】夜にあえて爪切り

 あと数年でアラフォーに差し掛かる結衣子は、このごろ、身だしなみにもっと気を遣おうと心掛けている。
 まず、美容室で縮毛矯正をかけた。それまで髪型はどちらかというとショート寄りという中途半端さで、邪魔くさくなってきたら切るか、伸びすぎたら無造作に括っていた。括った髪の先は使い古しの刷毛のように暴れたものだ。――伸ばそう。それも、綺麗に伸ばそう。結衣子はそう決めて、15年ぶりに縮毛矯正をかけた。今では美容師の助言に従い、シャワーを浴びたあとは必ず洗い流さないトリートメントを馴染ませて櫛を通してから乾かしている。
 食後の歯磨き。毎日の入浴。そんな基本的なことも見直した。割とたびたび「今日はいいか」とシャワーも省略することがあったので。どうしようもなく疲れ切っているときは、せめて化粧を落として簡単にでも保湿すること。
 結衣子はアトピーで肌が弱い割に、薬を塗ったり保湿するのをサボりがちだ。猛烈な痒みに襲われて掻きむしった傷はなかなか治らない。一日に二度、難しい時はせめて夜にシャワーを浴びたあとステロイド剤を塗るようにしている。
 一人暮らしを始めて水仕事の頻度がぐっと増えたのもあるが、手指の保湿にはいっそう気を使うようになった。姉からもらったネイルオイルというものを爪周りにすり込んでみたら、ささくれが二日で消えたので驚いた。
 手先は目につくので気をつけたい。……と、思うのに、忘れがちなことがある。爪切りだ。
 気づいたら伸びすぎている。なかなか爪を切らないって、ちょっと幼稚な印象がある。自分でそう思うのに忘れてしまう。朝は忙しいし、昼は働いている。夜は親の死に目になんとやらという迷信を気にかけて先延ばしにしてしまう。
 「親の死に目」は、今のように当たり前に照明が使えない時代、手元のおぼつかない夜間に刃物を使う危険を戒めてできた言い伝えだと聞いたことがある。その知識に励まされて、結衣子は夜でも爪を切るようになった。お父さん、お母さん、もしもの時は何がなんでも駆けつけますから。そう胸で唱えて、容赦なくパチリパチリ。

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