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宝田明さんの思い出

2022年3月14日に俳優 宝田明さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。今回は宝田明さんの思い出を書いてみたいと思います。もちろん、面識があるわけではなく、「遠くから見た」だけなのですが、それは私の人生を変えた出来事でした。

宝田明さんと言えば、我々ゴジラファンとしては、もちろん、「ゴジラに出ていた俳優」です。東京に住んでいた頃に、初めて宝田明さんをお見かけしたのは、ゴジラ映画など多くの映画音楽に携わった伊福部昭氏を記念する演奏会「第四回伊福部音楽祭 生誕百周年記念 ~ゴジラ生誕60周年とともに~」の時でした。

音楽祭は2部構成になっていて、第1部は伊福部氏が作曲した『日本狂詩曲』『シンフォニア・タプカーラ』などの演奏。

第2部は1954年に公開された初代『ゴジラ』デジタルリマスター版をスクリーンで流しながら、映画のBGMを東京フィルハーモニー交響楽団が生演奏で流す、というものでした。最近は色々な映画で同じような上映会が開かれていますよね。

当時のチラシ


チラシ(裏)


この映画祭のゲストとして、初代「ゴジラ」主演の宝田明さんが出演されていました。演奏会の最初の方にコメントをされていて、私は「あ、宝田明だ!背が高いなぁ」という感想でした。

もちろん、ゴジラファンとしてはレジェンドの方ですので、同じ劇場に宝田さんがいらっしゃることに、感動しました。また、テレビ番組で終戦直後、満州から帰国する際に、辛い思いをしたことを話されていて、そういう点でも印象に残っていた方なのですが、演奏会の時は凄く楽しそうで素敵なおじさんだな、と思いました。

宝田さんは音楽祭の最初にコメントをされた後は、観客席に座られて、我々観客と一緒に、演奏と初代「ゴジラ」の生演奏上映を鑑賞されていました。宝田さんは一階の席で私は二階の席だったので、コメントを終えて席に着かれる宝田さんが見えました。

さて、その演奏会『第四回伊福部音楽祭 生誕百周年記念 ~ゴジラ生誕60周年とともに~』ですが、臨場感などの効果だと思いますが、第2部の「ゴジラ」生演奏に信じられないくらい感動してしまいました。

2022年の今でこそ、古い映画のデジタルリマスターは珍しくありませんが、2014年の当時は個人的にとても珍しく思いました。劣化した映像でしか観ることのできなかった初代「ゴジラ」が美しい映像で上映されていることに、とにかく感動しました。

しかし、本当に感動したのは、やはり劇場に響き渡る東京フィルハーモニー交響楽団の皆さんによる生演奏です。デジタルではなく、正に「生」の演奏で、映画館のIMAXなどとは違う空気の振動を感じ、目の前で楽団の方々が実際に楽器を演奏されているのを見ながら映画を観るという初めての体験でした。

もう最初のスタッフロール(昔の映画は最初にスタッフロールが流れるのです)のメインテーマが流れた時点で...

あまりの音色の迫力と力強さ、そして、繊細な美しさに涙が出てしまいました。

続く本編。有名なゴジラのテーマ音楽は既に1954年の「ゴジラ」で多くが使用されていますので、ゴジラファンならずとも聞いたことのある楽曲が次から次に生演奏で、映画と一緒に演奏されます。

映画が終わるまで、とにかく感動しっぱなしで、涙を目に溜めながら「ゴジラ」を観終えました。「ゴジラ」は勿論、自分の中で大切な、大事な、大好きな映画ですが、泣くとは思いませんでした。自分の映画歴の中でも初めての経験で、とにかく素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。

演奏会ですので、上映終了後は万雷の拍手に劇場が包まれました。私も(隣に座っていた妻にばれないように)泣きながら、手を叩きました。一応演奏会なので、この後、アンコールの流れとなるのは勿論知っているのですが、本当にもう一度、演奏を聴きたいと思って拍手したのは、初めてでした。

また、私は映画ファンですので、海外の映画祭では本当に映画に感動した場合は、スタンディングオベーション、つまり立ち上がって拍手をすることも知っていました。こういう演奏会ですので、流れ的にみんな立ち上がる流れなのだろうなと思い、待ち構えていました。とにかく、素晴らしい時間を提供して下さったオーケストラの皆さんに感謝したかったのです。

しかし、その時は普通の演奏会などと同じく、単にずっと拍手が続くだけでした。

それはそれで良いことですし、何の問題もないのですが、「あ~人生初のスタンディングオベーションしたかったなぁ」なんて思いながら、私も座ったまま、拍手を続けていました。

そして、ふと一階席に目をやると、一人だけ立ち上がって、拍手をされている方がいました。

それが宝田明さんでした。

私もその時は、とても演奏と映画に感動していたので、立ち上がって拍手をしたかったのですが、一階席の宝田明さん以外に、周りには誰も立ち上がって拍手をする人がいなかったので、なんとなく恥ずかしく「立ち上がって拍手をする感じではないのかな」と思い、座ったままになっていました。宝田さんだけが、立ち上がって、拍手を続けていました。

そして、そのままの流れでアンコールになりました。

私を含む観客が座ったまま拍手を続ける中、一階の観客席で、姿勢よく立ち上がり、優雅に、強く、拍手をされていた背の高い宝田さんの姿が、今も私の目に焼き付いています。

そして強く感じているのが、あの時、あんなに感動していたのに、「どうして私も立ち上がって拍手することが出来なかったのだろう」という後悔です。

今まで生きてきて、映画を観てきた中で、あんなに感動したことは殆ど無かったのに、素直にそれを表現し伝えることが、私にはできませんでした。

自分の好きなことに忠実でいたいと思っているオタクなのに、周りの反応が恥ずかしくて、起立して拍手でもなんでも良いのですが、「今、見せてもらったものはとても素晴らしかったです」とただ伝えることさえも、出来ませんでした。

映画でもドラマでもアニメでも、何でも良いですが、批判…というか文句はよく見るような気がします。でも、褒めることは中々、目にしないなと思います。

おそらくですが、文句を言う方が簡単なんでしょう。そして、素直に「あなたの作ったもの、やったことは素晴らしいです」と伝えるのは、私が演奏会の時に立てなかったように、難しいことなのでしょう。

姿勢よく立ち上がる、長身の宝田明さんは、本当にカッコ良かったです。そして、座ったまま拍手を続けていた自分の姿…美しいものを美しいと言えず、素晴らしいものを素晴らしいと伝えられなかった自分に対して、今でも後悔しています。

アンコールも終わって劇場を出て、それから何日経っても、あの時の宝田明さんのカッコいい姿を私は忘れることは出来ませんでした。それは何年も経った今もそうです。

そして、この時のことをきっかけに、私は「これからは、素晴らしかったこと、美しかったこと、応援したいと思うものに対して、素直に自分の思いを伝えられる人間になりたい」と思うようになりました。

少し話が変わりますが、子供の頃から長年、オタクをやっていると、自分が好きだったコンテンツが、あっけなく終わってしまったり、いつの間にか消えてしまったりしたことが何度もありました。

その度に、「ああ…もっと、この作品のことが好きだったことを、作り手に伝わるように努力すれば良かった」と後悔します。

そういった点でも、私はカッコよく立ち上がった宝田明さんみたいに、「あなたの作ったものが好きです」「素晴らしいです」「応援しています」となるべく表明していくべきなんだろうと思います。

上記の出来事の後、具体的に何をしているかと言うと、私は特に何の影響力も無い一般人ですので、購読している雑誌などでは、面白い記事が有ったら付録のハガキに感想を書いて投稿するとか、メールなどで送ったりしています。面白い本とかも付属のハガキに感想を書いて送ったりとか程度ではあります。

また、ブログやSNSでの投稿などでもはコメントがつくと嬉しいらしい(私もコメントがつくと嬉しいです)ので、なるべく友人や知人の良いと思った投稿には、コメントをしたりしています。

また、この年になると、友人や知人は独立したり、面白い活動を始めたりしていて、SNSで宣伝していますので、目の着く限り応援のためシェアとかしたいな、と思っています。

SNSなどでは、私のような人間に細々とコメントされて、ウザいんだろうな、と感じることもあって、それは申し訳なく思うのですが、やはり、あの時の宝田明さんのカッコいい姿を思い出して、「好きなものは好き」「素晴らしいものは素晴らしい」そして、「あなたのことを応援しています」ということを、きちんと伝えなければならない、と(勝手に)思いながらやっています。

不快な思いをされた方がいらっしゃったら、大変申し訳なく思いますが…すみません、やはり、続けたいと思います。

宝田明さんのスタンディングオベーションについて、もう少し。

一人立ち上がって拍手されていたことが、芝居がかってはいたのかな、と思うこともあったのですが、それはそれで凄いこととと思います。

なにしろ、宝田明さんは俳優なのですから。

映画は全て噓のものです。

ゴジラも本当にはいないですし、架空の登場人物にしても、実在の人物にしても、登場人物は全て、俳優が演ずる嘘のものです。

しかし、その俳優さんの演技によって、私たちが感動することもまた、確かなことです。そして、その感動によって、人生が変わることもあると思います。

映画は「本当のものに本当に感動する」のではなく、「嘘のものに本当に感動する」からこそ素晴らしいのだろうと私は思っています。

宝田明さんがしたことが少し芝居がかっていたとしても、その美しい振る舞いを観た私はとても感動して生き方が変わりました。

そこに嘘であるとか本当であるとかの話は無意味なのだと思います。

意味があるのは、あの場所で「私が確かに感動した」ということだけです。

スクリーンの中であれ、本物の姿であれ、立居振る舞いで人の心を動かしたの 宝田明さんは、映画俳優としてとても素晴らしいと私は思います。

ちょっと疑うようなネガティブなことを書いてしまいましたが、私は本当に宝田明さんは感動して、スタンディングオベーションをしたのだと信じています。

私もあのような場所で、宝田明さんのように、堂々と、恥ずかしがらずに、たとえ一人だけでも「素晴らしいものは素晴らしい」と言える人間になりたいと思い、今後も色々な好きなものを応援していきたいと思っています。

以上が、私の宝田明さんの思い出です。

ここまで読んでくださった方、映画とは何の関係もない一般人の、自分勝手な話にお付き合いいただき、すみませんでした。読んでいただき、ありがとうございます。

そして、宝田明さん、私の人生を良い方向へ変えてくださって、本当にありがとうございました。

安らかにお眠りください。

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