「職場のメンタルヘルス・マネジメント ─産業医が教える考え方と実践」
「職場のメンタルヘルス・マネジメント ─産業医が教える考え方と実践」(川村孝 ちくま書房)
産業医の著者による、職場のメンタルヘルス問題についての対処法と、疾患や法令についての解説書。前半は割と具体的な対処法で読みやすかったが、疾患についての説明や、職場の法令についての説明はなかなか難しかった。普通の医師と産業医との違いをこの本で初めて知った。上司/部下を"演じる"という表現が随所に出てきた。仕事にすべてを賭けるのではなく、演じるのが大切なのであろう。
第2章 部下管理の方法
問題上司
職場でときおり問題となる上司がいます。相談に乗ってくれない(問題が共有できない)、怒鳴り散らす(恐怖心をあおるだけ)、部下に責任を押しつける(自分の間違いを認めない)、などです。これでは人身が離反して業務が進みません。「部下に仕事をしてもらう」のが上司の職務なので、業務を進めるために必要ないくつかの態度があります。列記してみましょう。
〇笑顔で接する
〇話をよく聞く
〇功罪両面を述べる
〇発する言葉を選ぶ
〇ゴールを設定する
〇人を診る
〇"オレ流"を押しつけない
〇記録を残す
〇あるべき管理職像を演ずる
「いくら演じても、形ばかりで心がこもっていなかったらダメだよ」というお叱りを受けそうです。しかし、長い人生の経験から、「いい子を演じ続けると、いつの間にか本物のいい子になれる」と言えるのです。(21-34ページ)
第3章 健康的仕事術
〇とりあえず手をつける
課題が山積しているときに、さらに別の仕事が入ることがあります。このとき、今は忙しいからといってそのままにしておくと、たまっている仕事の重みがさらに増して心が重圧感で潰れそうになってしまいます。また、そのときはあとでやるつもりにしていて、そのまま忘れてしまったりもします。
そこで、会議やメールなどで課題が振られたとき、「とりあえず手をつける」とよいでしょう。頭がホットなうちに、要点だけでもメモ書きしておくと、「未着手」のプレッシャーが軽くなります。(35ページ)
〇話は人のためにする
したがって、同僚・友人の会話では「自分が言いたいこと」を言ってはいけません。「相手が聞きたいこと」を喋るのです。「相手が聞きたいこと」とは、「役に立つ情報」か「面白い話」かのいずれかです。聞かされる側の身になって発言してほしいのです。(43ページ)
〇上手な叱られ方
著者は入社したばかりの従業員に対して働くときの心構えについて話すことがありますが、そのテーマは「上手な叱られ方」です。叱られることはよくあることで、「叱られたという状況(雰囲気)は気にしないこと」を告げ、以下の五点を伝えています。
(1)上司にもいろいろなタイプがあって、怒る人は「怒ることしかできない」可哀想な能力しか持っていないことを理解する。
(2)叱られても、「ハイ、ハイ」と言って聞き、とりあえず「わかりました」と返事をする。疑問点は訊ねてよいが、過ちや足らない点があれば素直に謝ること(将来、上司になると、自分のミスでなくても謝らなくてはならないことがしばしばあるので、"謝り慣れ"しておいた方がよい)。
(3)「何について指摘があったか(What?)」を考え、書き出す。
(4)「どこに原因があるか(Why?)」を考え、書き出す。
(5)そして「どうすればよいか(How?)」を考え、書き出す。「気をつけます」ではなく、「ボーッとしていてもエラーが起きない仕組み(fool proof)」を検討する。
「転んでもただでは起きない。必ず何かを掴み、自己の発展につなげる」という精神が必要です。そもそも、何事も(できたこともできなかったことも)早めに上司に報告や相談をしておくと、叱られ方が小さくて済みます。傷が深くなってからでは遅いのです。(44-45ページ)
就業規則「別表」を例示してみましょう。
〇上司規制
(1)人は「承認」を求めるものであることを理解する。
(2)職場の雰囲気を良好に保つよう、または良好になるよう演出に努める。
(3)部下とは笑顔で接するよう努め、不機嫌や怒りを表に出してはいけない。
(4)部下の話は要点を復唱しながら受容的に聞く。
(5)部下のやる気を引き出すよう態度と発言に留意する。
(6)部下に注意を与えるに当たって、評価できる点と改善を要する点の両方を、前者を先にして述べる。
(7)現実にありえないことや人に対する批判に対しては、その内容を肯定も否定もせず、困り感情のみ受け止める。
(8)定期・不定期に部下からの相談を受ける時間を設ける。
(9)問題点と責任を部下と共有し、部下に責任を押しつけない。
(10)問題点については、叱責するのではなく前向きな提案を行う。
(11)最終到達点と当面の目標を示し、「いつまでに」「何を」を具体的に指示するよう努める。
(12)それぞれ目標の到達点にたどり着くたびに、労をねぎらう。
〇部下規制
(1)雇用契約の本質上、原則として自身の業務内容やそのやり方を自身で決めることはできないことを承知する。
(2)それらを委任された場合に限り、自身で決めることができる。
(3)上司・同僚とは笑顔で接するよう努め、不機嫌や怒りを表に出してはいけない。
(4)成果や課題は早めに上司に報告・相談する。
第11章 産業医とは何か
〇産業医の特性とスタンス
産業医というと「会社にいるお医者さん」というイメージがあるかもしれませんが、その役割は医療機関の医師(臨床医)とは大きく異なります。臨床医は患者もしくはその家族から依頼を受けて患者を診察し、必要に応じて臨床検査を行って病態やその原因について診断し、それらに基づいて最適と思われる治療を行います。一方、産業医は、派遣労働者を含めてふだん会社で働いている人たちを対象とし、会社から依頼を受けて健康診断の結果を判定したり、従業員に面談(法律の用語では面接指導)をしたり、職場を巡視したり、労働災害や職業性疾病について調査するなどして従業員の働き方やその環境、ならびに健康状態に関する情報収集を行います。その情報に基づいて従業員の疾病やその原因、就業適性について判断し、就業上の措置を検討してそれを会社に勧告・助言します。(195ページ)
おわりに
本書のメッセージをまとめると、以下のようになります。
(1)従業員は労働力を提供してそれを会社が使い、代わりに賃金を受け取るという雇用契約を結んでいる。だから、淡々と仕事をすればよい。愛情を注ぐとか、情熱を傾けるといったことは必須ではないし、まして命を捧げるというものではない。
(2)仕事は自分の本心でするものではない。仮面をかぶり、会社が指定した役割を、うまく演ずればよい。割り切りが必要である。
(3)人の心理には多様性がある。職場では神経発達症やパーソナリティの歪みがしばしば問題になるが、いずれも本人のせいでそうなったのではない。上司はトラブルが生じないよう、その特性を知り、それぞれに合わせた接し方や仕事のさせ方をするべきである。部下の特性がよくわからなかったら産業医に相談する。
(4)上司も部下も、会社が指定したルールに合わせて発言・行動しなければならない。そのルールには、「笑顔でいること」や「やる気が起きる言い方をする」も含まれる。
(5)ついていけない人を出さない仕組みを持たなければならない。補佐役や聞き役の存在である。役職は骨が折れる仕事なので、任期制にして一定の期間が経過したら解放する。また管理職と専門職を分け、管理に向かない人を管理職にしてはいけない。
(6)万一心が折れてしまったときは、休養と治療をしっかり行う。仕事に復帰するときは、心理特性を産業医にしっかり分析してもらい、それに合わせた措置を講ずる。利用できる制度があれば利用すればよい。
仕事のために人生を台無しにしてはなりません。しょせん仕事はマスカレード(仮面舞踏会)なのですから......。
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