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「東大8年生 自分時間の歩き方」

「東大8年生 自分時間の歩き方」(タカサカモト 徳間書店)

 8年かけて東京大学文学部を卒業した著者による、メキシコ留学やタコス屋での労働、ブラジル移住に向けた画策、故郷の鳥取での寺子屋づくり、そしてプロサッカー選手向けに語学や異文化コミュニケーションを教える仕事の話。東大の話というよりは、著者の波乱万丈な生きざまを綴った本である。ブラジルのサッカーの名門サントスに行って自分を雇ってもらうよう直接アピールしたり、積極性や話のスケールの大きさに圧倒された。ある種の自伝ではあるが、時間的に後の出来事を章の冒頭で述べて、その経緯を後で述べるなど、いろいろ凝った話の書き方だった。そして最終的にはプロサッカー選手の語学教育という、太い仕事をつかんでいて、なかなかすごい。冒頭で東大の恩師の授業の話があって、それで本のタイトルを「東大8年生」としたのだろうけど、むしろサッカーファンや、起業を考えている人にアピールするするようなタイトルの方がもっといいのではないかと思った。

 初回のガイダンスを経て、本格的な授業開始日となった2回目の冒頭だった。あらためて小松先生から、授業の方針が語られた。
 「自分の目で見て、自分の心で感じて、自分の頭で考える。一見簡単なようで実は存外に難しい、たったこれだけのことを、みなさんには、つねに実践してほしいし、できるようになってもらいたいと思います。そして、自らの目、自らの心、自らの頭で見て感じて考えた先に、生とは何か、死とは何か、生きるとは何か、死ぬとは何かということについて、いまから3カ月後に迎える最終授業の日、みなさんの考えが、いまより一歩でも深まっていたとしたら、この授業は成功です」(17ページ)

 「何かが語られているときに何が語られていないか、何かを見せられているときに何が見せられていないか。つねにもう一方の現実に目を向ける批判的な姿勢をもってください」(19ページ)

 日本の、しかも田舎の環境で、幼いころから「海外=米国」「外国語=英語」「洋画=ハリウッド」といった世界観に染まりきって育った自分の物の見方に対するある種の懐疑から、歴史のなかで「米国の裏庭」と呼ばれてきたラテンアメリカの側から米国や日本を眺めることは、自分の世界観に蓄積されていたであろう極端な偏りの一部を整え、程よいバランスをもたらしてくれるのではないかという期待があった。
 実際にメキシコに滞在してみて、その見立ては正しかったと感じている。その意味で、メキシコに限らず「非英語圏」への留学や滞在は、多くの日本人にとってポジティブな経験になるだろうと確信している。(64-65ページ)

 日本とブラジル。この2カ国は、地理的にも地球をまたいでほぼ真反対に位置しているだけでなく、文化的にも人の気質的にも、あらゆる面で真逆といっていい。
 だからこそ、お互いに学べるところがたくさんあると僕は信じているし、この2つの文化の良いところを良い感じにブレンドできれば、まさに絶妙なバランスの理想的な人格を育めるんじゃないかと思ったりもする。
 個人的にブラジルの人達を見ていて強く感じることの一つが、生きる力のたくましさだ。大学1年生のときに東大で受けた小松先生の授業のコンセプトに、「自分の目で見て、自分の心で感じて、自分の頭で考える」というものがあったが、ブラジルにいると、まさにそれを実践してたくましく生きている人がたくさんいる印象を受ける。(201-202ページ)

 さまざまなケースがあることをメディアの報道を通じて知りながら、そのなかでも個人的に気になっていたのが、語学や適応の面でつまずく選手がいることを伝える記事だった。
 せっかく海外移籍を実現できるだけの実力や可能性がある選手なのに、語学力や適応力の不足でキャリアが挫折するなんて、なんてもったいなくて悲しいことだろう。とにかくそれしか感想がなかった。
 というのも、わが身を振り返ったとき、語学の習得やコミュニケーション、あるいは異文化への適応というのは、たまたまいちばんの得意分野だったからだ。
 逆に、これだけ多くの人が熱中するサッカーというスポーツでプロになり、さらに海外のクラブから契約してもらえるなんて、その才能や能力がどれほどすごいものなのかは、それを測る物差しすらもっていなかった僕にしてみれば、完全に想像力の外側の世界だった。ほとんど一種の超人だ。
 だからこそ、そんな難しいことができる人達が、少なくとも僕にとっては簡単に感じられることで望まぬ挫折を経験するなんて、あまりにももったいないと感じた。 
 これが、新事業「フットリンガル」の萌芽を最初に予感した瞬間だった。(211-212ページ)

 語学の習得方法というのは結局のところきわめてシンプルで、「たくさん聴いて、たくさん読んで、そのうえでたくさん使う」ということに尽きる。
 遠藤選手には、この「たくさん読む」の部分も最初からどんどんやってもらうことにした。しかもただ読むのではなく、まずは音声を聴いて、「これ以上は何回聴いてもわからない」というところまでいったら英文を読んでもらった。そして、「これ以上は何回読んでもわからない」というところまでいったら、日本語訳を確認してもらう。あらためて音声も聴いたうえで、最後はその英文全体を一言一句間違えずに暗唱してもらうようにした。
 この方法は、真剣に語学を身につけたい人全員に効果があると思うので、興味のある方はやってみてほしい。(227ページ)

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