二人の夜明け

 夜中の道を歩くこと三十分、私と彼はゆっくりと朝が来るのを待っていた。この日、どうして私たちは夜中に外へ出ていたのか、今となってはその理由も思い出せない。道の途中で私は彼に尋ねた。
「どこへ行こうとしてるの? 」
「ひ・み・つ。でも、もうすぐ目的の場所に着くよ」
 彼はとても優しかった。私が熱を出した時に駆けつけて看病してくれたり、ハンカチを家に忘れた時には貸してくれた。そんな彼が私は心の底から大好きだった。彼には優しいが故に臆病なところがあって、何年も一緒に過ごしているのに彼の方から交際の申し込みや、プロポーズは一度もなかった。だから、彼の方から真夜中に急に連絡をかけて私と会おうと言い出して私はとても驚いた。

 彼の心境にどんな変化があったのかを私は知らないが、彼には何かを決心するに至る出来事があったのだろう。そんなことを考えていると海沿いの砂浜にたどり着く。周りには何もなくて、気持ちのいい潮風が私たちの体に流れ着くだけだった。空を見ると、次第に色が明るくなり始めている。
「着いた」
「とても良い場所ね」
「そうだね。だけど、もうじきもっと綺麗になる」
 私たちはただ夜明け前の海の景色を眺めるだけだった。程よい波が砂を飲み込んでいき、向こうの方にある灯台の灯りが私たちをうっすらと照らしている。
 空の色にオレンジが混じり始めた時、彼は突然跪いた。彼の手には小さな箱が握られている。
「…… 蘭。僕と……、僕と結婚してください」
 彼は大切な言葉を言い切ったのと同時に箱を開けた。中には指輪がつつましく仕舞われている。私は思わず涙が溢れた。
「…… はい」
 私は指輪を受け取って、それから彼を抱きしめた。私たちは抱き合って、喜びを噛み締めた。その頃、空に朝日が差し込みはじめていた。

(完)

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