塞いだ耳の外で
いつものように、何回も乗り換えて電車に乗って会社に向かおうとしていた。いつも同じ時間、同じ車両に乗る。見かける顔も覚え始めた。いつも同じ駅で降りる年齢はおそらく自分より15以上は上の男性がいた。イヤホンからはアニメソングのような音が漏れてくる。疲れ切った彼は、おそらく同じ曲を繰り返し聞いているようだった。自分も周りの人から見れば同じように疲れ切ったただの男で同じようにイヤホンを差し込んでいた。曲は意味も分からずフラメンコで、激しいギターとしゃがれた声が繰り返されていた。
なぜかその暑苦しい音の向こうにセミの鳴き声が聞こえてきた。電車の中でセミの声が近かった。夏ともなれば、駅に停車するたびにセミの声は聞こえてくるが、走行中に聞こえてくる。二人の男は、遠くに聞こえるセミの音を、うっとしいと思うようになった。乗り換えの時に、ホームに降りると、自分の背中からセミが飛び立っていった。自分の背中でセミが鳴いていたのだった。田舎に住んでいたとはいえ、背中にセミが付いていたことに気が付くことなく30分も乗り続けていたことになる。後ろにいた人も気が付いてはいたはずだが、もちろん、何もできなかっただろう。
セミは私が下車するのと同時に、飛び立っていった。
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