石破政権の生き残り戦略
はじめに
「この前、へそ出しコーデしてたらオッサンにジロジロ見られてマジキモかった。」
「あら、災難だね。」
「どうすればいいの?」
「上司に相談したら?」
「違う。電車の中の話。」
「うーん、それはもう仕方ないから、何か羽織るとか、露出度を下げるしかないんじゃない?」
「なんで?悪いのはオッサンでしょ?私はなりたい自分になりたくてお洒落をしているだけなの。なんで私がキモいオッサンのために自分を変えなくてはいけないの?分かった。あんたも男だからそういう言い方するんでしょ。ほんとサイテー。」
「・・・。」
みたいなやりとりをたまにネットで見かける。男で括られることが多いので、抗議したくなるが、言っても仕方がないので、そっと画面を切り替えて終わりである。ちなみに、このやりとりの対立軸はなんだろう。若い女性と中年男性というのが一つある。だがもう一つ、対立軸がある。それは、理想論と現実論だ。この例で、女性側が望んでいるのは、女性をジロジロ見るオッサンの撲滅である。それに対し、男性側は、そういったオッサンがいなくならないことを念頭に、現実的な解決策を提示している。どちらが正しいか。それは被害を被っている側が決めることである。理想を主張し続けるか、妥協による現実的な解決を選ぶかは、当人の自由だ。
この構図は、実生活の中でも見かける。筆者は、職場でパソコンの管理者をしている。職場で使っているパソコンは会社支給なのだが、軒並み、保守期限を過ぎている。本来であれば、IT部門が主体でパソコンの更新をしなくてはならないのだが、来年に機種を切り替える計画があるので、パソコンが更新されず、職場全体で故障が散発している。しかし、来年、機種を切り替えるので、現行のパソコンの予備がない。修理申請をしてから、数週間待たされた挙句、誰かが使ったパソコンが届くといった有様だ。届いたパソコンが1ヵ月で壊れた時は泣きそうだった。そのようなわけで、退職者や休職者のパソコンや、使っていない共有パソコンをなんとかやりくりして、しのいでいる。その様子を見ていた同僚にこう言われた。
「それ、おまえががんばることじゃないだろ。仕事で使うパソコンを準備するのはIT部門の責任なんだから。それでもIT部門がパソコンを用意できないなら、おまえはそのことを伝えればいいじゃん。それが会社の決定なんだから。おまえは他のことやれよ。」
もっともな意見だ。来年に機種を切り替える予定があるなら、それを早出しできるはずだし、そもそもパソコンの更新時期など把握しているはずだから、パソコンの故障が続出することも分かっていたはずだ。「はずだ」「はずだ」とうるさい。自分で書いていて思う。
「でもさ、困るのは俺らだぜ?」
同僚とのやりとりはしばらく続いたが、話が分からない相手ではないので、事情はくんでくれた。
増税メガネという不名誉なあだ名について
ここから政治の話になる。2022年12月に、当時の岸田総理が、防衛費の増額について名言した。「責任ある財源を考えるべきだ」「いまを生きる国民が自らの責任としてしっかり重みを背負って対応すべきものだ」と、増税を示唆する内容だった。
コロナ対策といった一過性(長かったが)の対策は国債でまかなうことが可能だが、防衛といった継続的な予算を確保するためには増税が必要だという発想だ。当然のことながら国民の反発を招き、岸田氏には「増税メガネ」というあだ名がつき、2023年の「今年の漢字」は、「税」となった。なぜ防衛費の増額が必要なのか?ロシアのウクライナ侵攻や、中国の海洋進出など、日本を取り巻く国際情勢が悪化しているからだ。日本政府はかつての大日本帝国のように侵略戦争をしたがっているのか?冗談じゃない。今の自衛隊に他の国を侵略する力などない。守るので精一杯だ。いや、それすらも怪しい。日本と他の国の防衛費を比べてみてほしい。圧倒的に少ないのだ。
正論のための犠牲に意義はあるのか
でも悪いのは国際法を守らない国ではないのか?なぜ日本国民が、ならず者国家のために税負担をしなくてはならないのか?それは正論だ。だが、正論は暴力の前では無力なのだ。ウクライナ戦争が始まった時、様々な議論が飛び交った。その中で、元大阪市長の橋下氏が、プーチン政権崩壊までウクライナ国民が国外逃亡する提案をし、物議を醸したのが記憶に残っている。全てに目を通したわけではないが、批判的な内容が多かったように思う。私はそれを見ながら、不思議な気持ちになった。お国のために戦って死ぬのが名誉ということか。ウクライナ国民の死者を減らすことを最大の目標とした場合、橋下氏の発言に理はある。検証はできないが、ロシアとの戦闘による死者は減らすことができたはずだ。
だが日本のメディアは、厳密な検証より「力による一方的な現状変更を許してはならない」という号令を優先した。世論も大方それに追従したと思う。2022年2月に始まったウクライナ戦争は、開戦からそろそろ3年がたつが、まだ終わりは見えていない。開戦までの経緯を読み解いていくと、ウクライナ側にも判断ミスはあった。アメリカと欧州各国はウクライナを支援しているが、軍事同盟のNATOからは依然として締め出したままである。「ロシアが悪い」と言えばその通りだが、責任の所在とは別にウクライナ国民が傷ついているという現実から目を背けてはならないだろう。
日本を取り巻く環境について
話を日本の防衛に戻す。日本とウクライナの一番の違いは、まだ戦争が始まっていないということだ。では、開戦前のウクライナと日本を比べてみよう。決定的な違いは軍事同盟の有無だ。先にも書いた通り、ウクライナはNATOから締め出されたままである。ロシアからしてみれば、仮にウクライナを攻撃しても、欧州各国から「直接」報復を受ける懸念はない。事実、欧州各国の軍隊は、まだロシア軍と衝突していない。NATOが受けた軍事的な被害は、ポーランドにロシア製のミサイルが着弾したことだけである。それでもかなりの緊張が走った。ロシアもNATOも全面戦争だけは避けたいはずだ。
NATOの後ろ盾がないウクライナなど、簡単に制圧できると思ったのだろう。そこにプーチン大統領の誤算があった。しかし、誤算を引き起こさせる環境はウクライナ側に揃っていた。要約しよう。簡単に制圧できると思われたら負けである。
一方、日本には、アメリカとの軍事同盟があり、日本の各地に米軍基地がある。日本有事の際にアメリカが日本のために戦ってくれるという建前だ。反故にされる懸念を訴える人もいるが、建前すらなかったウクライナに比べれば、はるかに良い。加えて、日本、アメリカ、インド、オーストラリアによる対話(クアッド)により、インド太平洋における対中包囲網を形成している。だがしかし、アメリカにしてみれば、日本がアメリカの防衛網にただ乗りしているような状況には不満がある。2020年9月、アメリカのエスパー国防長官が、日本に防衛費の増額を求めている。
岸田氏による防衛増税の構想には、このような日米関係も背景にあるのだろう。どれだけ平和を訴えても、誰が正しくて誰が悪くても、敵は来る時には来るし、味方も去る時には去る。だから、現実的な対処方法として、防衛強化=防衛費の増額を行うという発想だ。もちろん増税は嫌だが、筋は通っている。
自民党保守派の衰退
以上が、2022年くらいまでの話である。立憲民主党をはじめとする野党は、憲法9条の固持というような、理想論的な平和主義を主張してきた。対する自民党は現実的な防衛強化を推進していた。特に安倍政権時代は、安倍氏が憲法改正や婚姻制度について、保守的な姿勢を示していたため、「野党、革新、理想論」「与党、保守、現実論」という構図になっていた。しかし、コロナと五輪に追われながらも多くの実績を残した菅政権を挟み、岸田政権になってからは状況が変わる。岸田氏は、総裁選に出馬する前は選択的夫婦別姓に前向きな姿勢を示すなど、自民党内でもリベラル寄りであることが知られていた。もちろん、総裁になってからは、党全体の考えの代弁者として慎重な発言をしていたが、2023年に激震が走った。LGBT法案が可決されたのだ。
内容としては、性的マイノリティへの理解を求めるだけの法律なので、相変わらず同性婚や戸籍の書き換えは認められていないのだが、自民党内の保守派からしたら大問題だ。2023年に自民党員が3万人減少している。メディアはパーティー券収入不記載問題(以下、政治資金不正)が原因としているが、参議院議員の小野田氏は、LGBT法案による保守派離れが原因と分析している。
2022年には、保守派の総帥として君臨し続けた安倍氏が凶弾に倒れており、統一教会とのつながりが発覚したことで、安倍氏を拠り所にしていた保守派のアイデンティティが揺らいでいた。さらに追い打ちをかけるように、旧安倍派議員の政治資金不正が発覚した。保守派の殿堂であったはずの、自民党旧安倍派が崩れ始めたのだ。保守思想もまた、安倍氏とその支持者が作り出した幻影ではなかったか。
当時の岸田総理は、問題を起こした旧安倍派議員たちに重いペナルティを課す。さらには派閥を解体するなど、思い切った党改革を行うが、内閣支持率は回復せず、辞任に踏み切った。
保守派の女神
そのような状況で、保守派の次なる拠り所となったのが、高市氏である。安倍氏の後継者として、積極的な経済政策、防衛強化などを訴えていた。それとは別に、自民党内でも意見が割れている選択的夫婦別姓には、はっきりと反対を示し、靖国神社への参拝も続けていた。先にも書いたように、2023年には、自民党の保守派は求心力をそがれており、2023年10月に、「日本の国体、伝統文化を守る」という理念のもと、日本保守党が成立している。代表の百田氏は、たびたび自民党を批判している。但し、高市氏及び、高市氏を支持する自民党関係者は別というスタンスだ。百田氏のXアカウントのフォロワー数は65.8万人である。石破首相のフォロワー数42.3万人より多い。SNSと現実は必ずしも一致しないが、百田氏の発言が多くの支持を得ているのは明らかだ。
ここでねじれが発生する。高市氏は、飽くまでも自民党の議員である。自民党以外の、しかも自民党に批判的な層から支持されても意味がない。一方、自民党は岸田政権下で、日韓関係の改善を実現している。
元外務大臣の岸田氏としては、中国との関係も良好なまま維持したいはずだ。そのような姿勢が、百田氏をはじめとする保守派には、「親中媚中」と批判されていた。そして、2024年9月12日、自民党総裁選が告知され、高市氏は真っ先に届け出をした。ネット上では、連日のように高市氏の当選を願う投稿が見られた。それらの投稿には、以下のハッシュタグが添えられていることが多かった。
#サナエあれば憂いなし
だから、高市氏が記者会見をする際、背景に「サナエあれば憂いなし」の文字を見た時には、一抹の不安がよぎった。ネットに飲まれていないか。ネット上で高市氏を応援している人の中に、どれだけ自民党の関係者がいたのだろうか。さらに言えば、高市氏を応援する人の多くが、自民党、そして他の候補者を痛烈に批判していたのだ。自民党総裁選は、1回目の投票で過半数の票を得られなかった場合、上位2名による決選投票となる。たとえ他の候補が気に入らなくても、決選投票のことを考えたら、他の候補者を敵に回すのは悪手だ。
様々な思念が渦巻くのが選挙である。誰が何を考えていたのかは分からない。ただ、個人的に、決定打になったと思うのは靖国神社への参拝である。靖国神社には、明治維新以降、国のために殉死した軍人らが祀られている。日本人にとっては英霊だが、中国・韓国の保守派にとっては仇である。日本の政治家が靖国神社に参拝すると、中国・韓国の反発を招くので、結果として参拝しない政治家が多い。安倍氏も、2013年に靖国神社に参拝して、中国・韓国の批判を招いてから、首相在任中は参拝をしていなかった。しかし、高市氏は、首相になっても靖国神社に参拝すると明言し、こう発言した。
「靖国神社は戦争を美化する施設でなく、外交問題にされるべきではない。自分の気持ちに正直でありたい。」
外交問題にされるべきではないというのは、理想論だ。しかし、現実問題として、中国・韓国からの反発を招くのは間違いない。理想を通して不利益を受けるのが当人だけなら、それは自由だ。しかし、首相ともなれば話は別だ。岸田政権が改善した日韓関係、そして良好な関係を築いていきたい日中関係を、高市氏個人の気持ちによって悪化させるわけにはいかないと私は思う。同じことを考えた人がどれだけいたか分からない。そして、総裁選は決選投票にもつれ込み、僅か22票差で高市氏は敗北した。
前回の総裁選の時、当選した岸田氏は、党内で意見が割れているような質問については、ひたすら明言を避けた。たとえ保守思想を持っていても、国のトップとして、発言には慎重になることが大事なのだろう。最終的に、自民党は党として保守派を切り、中道を目指したのだ。
石破政権の樹立
結果として、石破氏が自民党総裁に当選し、そして首相となった。今回の総裁選では、9人が立候補する混戦となったため、決定的な勝因は分からない。党員票に関して言えば、高市氏の109票に続き、石破茂が108票を獲得している。その次になると小泉氏の61票となり、上位2名を大きく下回る。石破氏は、5回目の挑戦ということで、知名度が高いことが功を奏したのだろう。その結果、決選投票に進むことができた。
決選投票は議員票がメインだが、1回目の投票で、石破氏の議員票は小泉氏、高市氏に続く3番目である。つまり、多くの議員が石破氏を積極的に支持したわけではなく、「高市氏ではない方」として石破氏に投票したのだ。結果を見た瞬間、冷や汗が出た。とりあえず、中国と韓国を敵に回さずに済んだ。消極的な成果だが、昨今の国際情勢を考慮すると、非常に価値がある成果だと私は思う。
ここで、自民党内の構図が一転した。今まで、現実を見据えてきたはずの保守派が、理想を追い求めて足をすくわれる側に回ったのだ。今回の衆院選では、自民党に明確なストーリーがある。それは、統一教会問題と、キックバック不記載問題の精算だ。結果として、旧安倍派切りとなった。安倍氏の後継者を自認していた高市氏にはできなかっただろう。
先日、前内閣官房副長官である村井氏の演説を見に行った。小泉選対委員長が応援に駆けつけ、村井氏は政治資金不正に関係ないこと、むしろ巻き添えになっていたことを繰り返し強調していた。石破首相も、「ルールを守る」ことを訴えている。
「誰が首相になっても、自民党は変わらない。」傍から見たらそう見えるかもしれない。だが内部では、常に生き残りをかけた刷新が繰り広げられている。それを評価するのは、国民一人一人です。選挙に行きましょう。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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