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新しい技術がもたらす家庭娯楽の素晴らしさを訴え「タイムシフト」の概念を生み、約40年に渡り愛された 『ベータマックス』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (46)

放送業界などの業務用機器として活躍する『U-matic』の後継機として、ソニー創業者・井深大の要望でソニー社員に配布されている、A6判の文庫本サイズの「ソニー手帳」サイズのカセットから開発された『ベータマックス』は、1975 (昭和50)年4月16日の経団連会館にて発表され、

いよいよ家庭用VTRの時代が到来した!

と、業界の反応は上々で、「日経産業新聞」では次のように報じていました。

" ポストカラーの本命はビデオといわれてすでに十数年、
業界各社は業務用市場とは比べものにならない家庭需要をつかもうと必死の努力をしたのに、どうにもならなか
ったのが価格であった。ところが今回の新製品開発によ
って、一気に十万円以上も低価格化に成功したソニーでは、ホームマーケットに攻勢をかける構え。これに対しソニーに大きく水をあけられた他メーカーは苦しいところ。すでに在庫調整なみの半値販売を実施しているメーカーもあるが、技術的にすぐにソニーに追いつけるかどうかは難しい状態にある。
"
ソニー技術の秘密』第4章より

また「電波新聞」では、

" ベータマックスは、なんといっても価格が従来のカートリッジ、カセットVTRに比べ、大幅にダウンしたことが大きな特徴である。一般にはずいぶん安価になったという印象を与え、販売店も従来品と比べ扱いやすくなった。ソニーでは当然ながら、このベータマックスのシリーズとして、ポータブル型、チューナー内蔵型、再生専用型といった機種充実を図っていく方針であるが、これまでU—matic方式一本で業務用市場と一般家庭市場を開拓、普及させようという方針を、完全にベータマックスを家庭へ、U—maticを業務用へと、はっきり示したことになる。"

ソニー技術の秘密』第4章より

と、報じられ、いよいよ1975 (昭和50)年5月10日にベータマックスが発売になります。

ビデオデッキの『SL-6300』と18型トリニトロンを組み合わせた『ベータマックス・システム』は449,800円。ビデオデッキは単体で229,800円でした。

ベータマックスa

ところが、

「誰でも簡単に、テレビ映画が高画質で記録できては困る」

と、アメリカの映画会社から訴えられ、7年にも及ぶ裁判を経て、盛田昭夫は、リアルタイムに視聴するのではなく、視聴者にとって都合のいい別の日時に視聴出来る「タイムシフト (Time Shifting)」という造語まで持ち出し、ライフスタイルの変遷と「新しい技術がもたらす家庭娯楽」の素晴らしさを訴え続けました。

そして初めてアメリカの裁判において、日本が勝訴するというするという実績を残したのでした。

誰もが家庭でテレビ映像が記録できるようになり、それ以後世界中でビデオカセットに映像を記録する時代が訪れます。

後に 1/2 家庭用ビデオの標準機となった『VHS』にも、ソニーの技術者・木原信敏の発明した「アジマス記録」方式を始めとした数多くの特許が採用されていました。

時代を先取りした『ベータマックス』は「ホームビデオ文化」を作り出し、その「高画質」、「完全互換」と「好信頼度」は放送業界においても高く評価され、後の業務用カメラ一体型VTR『カムコーダー』は『BETACAM』の愛称で世界の97%のシェアを得て、世界のENGを中心に活躍したのです。

ベータマックスd

木原は、ベータマックスの発売が世界の注目を浴びたことにより、アメリカ・シカゴで開催された『IEEEフォール・コンファレンス』において、河野文男と石垣良夫 (当時アイワ株式会社 代表取締役社長) の連名で、

”DEVELOPMENT OF A NEW SYSTEM OF CASSETTE TYPE CONSUMER VTR” 

の題名で論文発表を行い、この論文が1977 (昭和52)年のシカゴ「IEEEスプリング・コンファレンス」で、最優秀論文賞を受賞しています。

『ベータマックス』は様々な分野で活躍し、私たちに「映像文化」を謳歌させてくれましたが、2015 (平成27)年11月10日 にソニーがベータ方式ビデオカセットを2016 (平成28)年3月で生産終了することを発表。1971 (昭和46)年に木原が『400型』として企図してから約45年。多くの人に愛された『ベータマックス』はその役目を終えます。

2009 (平成21)年10月1日、 家庭用ベータ方式VTR1号機『SL-6300』は「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」として、同じく木原が開発した『CV-2000』(登録番号:第00085号)と共に、国立科学博物館 産業技術史資料情報センターに登録されています。(登録番号:第00038号)


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