端正な建築

彼は来週仕事関係の資格試験を受ける。一級建築士の免許を持っていて、それがあれば本来事足りるが、会社は何故かその資格を取るよう勧奨しているらしい。

さすがに勉強も大詰めで、今日は家で過ごした。彼が机に向かう間、わたしはごろごろしながら本を読む。勉強しないと受からない試験で焦りはあるものの、ないと困る資格ではないせいかちょっと身が入らない様子であった。私は気がついたらいびきをかいて寝ていて、彼のやる気を削ぐのに一役買ってしまった気がして反省している。

試験とは関係ないのだが、彼が2時間ほど建築関係のオンライン勉強会に参加していたので隣で観ていた。専門的なことが分からなくても教養番組のようで結構面白かった。ときどき彼が内容を噛み砕いて教えてくれたおかげかもしれない。ラーメンという専門用語は説明されるまで拉麺にしか聞こえなかった。

講座を聞いている彼は、試験勉強のときとは打って変わって熱心で楽しそうだった。

お付き合いしましょうということになったその日、建築家ジャン・プルーヴェの展示を一緒に観に行った。大学院でプルーヴェの研究をしていた彼の解説のおかげで解像度がグッと上がってびっくりするくらい面白かったのだが、それ以上に、展示のひとつひとつに目を輝かせる彼といるのが楽しかったのを覚えている。建築の話をするとき、いいと思う建物を観たとき、彼はとてもいきいきしている。本当に建築が好きなんだなあ、と思う。

今日のオンライン講座ではきちんとメモをとっていた。画面に映し出された建物の写真を見ながら、ノート代わりの方眼紙にさらさらとスケッチをとる。

マス目を活かしてこんな端正なスケッチを描いてもらって方眼紙も本望だろうと思った。口に出したら笑われたが、方眼紙にびっちり文字を書くことしかできない人間の本気の本音で賛辞である。

彼は「端正な」という言葉がよく似合う。スケッチに書き込まれていく文字も、ちょっと癖がありながら整っている。言葉遣いがきれいで、字義通り端正な横顔をしている。人を寄せ付けない種類の美しさではなく、とても心地の良い美しさを持ったひと。

いつか彼の手が生み出した建築を見てみたい。きっとそれは、端正な佇まいをしている。

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