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『もぐ∞』 最果タヒ

「食べる」とは「生きる」なのかもしれない。

 雨降り頻る、都心、ある本屋。この本との出会いは偶然で適当で必然だった。むしゃくしゃしていた午後の雑踏、カウンターで1人、ラーメンをたらふく食べた。それはそれは豪快に。カロリーだとか食欲だとかそういうものは何故「幸福」の後に「罪悪」を運んでくるのだろう。「食べる」という行為に罪の意識を苛まれた私が迷い込んだ本棚の迷路で光を放っていたのがこの『もぐ∞』だった。

 詩人、最果タヒが贈る、「食べる」を紐解く一冊。25本のショートエッセイは、味覚を超えた感情、感覚、思考をつまみ食いできる、まるでビュッフェのような姿をしている。
 最果タヒという詩人は2008年、鮮やかな第一詩集『グッドモーニング』で中原中也賞を受賞する。感覚と日常会話が混在する文体はどこか身近で、それでいて非凡な言語世界であるかのような不思議な感動を覚える。代表詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は異例の映画化を遂げ、その最果ワールドに魅了される人は後を絶たない。彼女の脳内を冒険するついでに、甘いお菓子とコーヒーでも携えてこの本の扉を叩いて欲しい。

 パフェ、カレー、ラーメン、ちくわ天、鍋、食べ物を被写体にする人々、家庭の味って他人の味。溢れ出る食欲と感覚をくすぐる言葉たち。この中でも私の脳裏を離れない一節をあげよう。

『食べることを私は芸術にしなかった、雑に愛しているだけだ』(P.37)

 彼女の言う「芸術」は「覚悟を決めてこだわり続ける」ということだった。人生の中でどんな行為も私たちは極めることができる。だが、本当に1つ1つ極めて、やり尽くすことはできない。体は1つ、おまけに限られた時間でしか私たちは息をすることができない。そんな現実をもがく中で、たった1つ、奇跡と呼べるほどの「自分の芸術」に出会えればいい。「芸術」の種は生活や街に所狭しと潜んでいるのだから。そして「芸術」となり得なかったものや世界を寂しく思う必要もない。彼女が食事を芸術にしなかったように、なにもかも愛そうとしなくても、生活は、街は、あなたに寄り添い続ける。だから「世界はうつくしい」って、明日何かに出会えるって、思えるんだと静かに叫んでいる。

「食べる」を取り巻く思いは「おいしい」だけじゃないんだ。面白い、美しい、苦しい、寂しい、楽しい、色とりどりの気持ちを乗せて今日も誰かが何かを食べている。生きるほど、抱える気持ちは質量を増す、だから食べなきゃならない。だからこそ、「食べる」は、とどのつまりを流し込んで、幸福をアクセントに、迷いを飲み込んでいくための最初で最後の手法なのでなはいか。なんてことを考えてしまったのだ。「食べる」を愛する人も、そうでない人も、これから始まる人生の前菜がてらに本書を手に取って欲しい。きっと読み終わった後、今日の晩ごはんどうしようかな、なんて浮足立つに違いない。


#活字愛好家 #読書 #書評 #最果タヒ


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