満たされない

金曜23時、街を時速20kmで走っていた。

事の発端は何となく。
この頃、めまぐるしいほどの忙しさで心の負担が溜まる一方だった。

家族と喧嘩したとかではないが、何となく帰宅する気になれず、残業明けの身体で1時間程度のナイトドライブに出掛けた。

夜という時間が好きだ。厳密に言えば夜~明け方。
空から星や月がやさしく照らし、日中の喧噪が消え、街全体がおだやかな静寂に包まれる。
車もほぼ通らない道中、こんなにゆっくり走れるのはこんな時間だけだと特権と気楽さを感じ、車内BGMに耳を澄ましながら、日々のあれこれを思い返していた。

1.何処にも行けないもどかしさ
昨年にひきつづき、未曾有のウイルスが猛威を振るっている。
市内しか行く所がないが、運転出来る範囲が広がったことは幸運だった。
それでも私の住んでる所は超田舎。
自称ひきこもりの割によく外に出ている私にとって、遠く(県外)に行けないことはある程度のストレスが溜まる要因の1つでもある。
liveや舞台観劇のため高速バスで2時間かけて都内に行っていた時期が既になつかしい。
落ち着いたら、上記以外に「ドキュメント72時間」のロケ地(聖地)巡りと銘打って、日本全国の旅をしてみたいとか考えている。

2.推し活が以前より楽しめない
土日祝日が休みという生活を送っているのは何年ぶりだろうか。
朝7時台には家を出て、若干うたた寝しながら――何度か事故を起こしそうになったこともあった――重い足取りで職場に向かう日々。
さらには、休憩30分+夜遅くまでの残業で、特に繁忙期の今は、1日の半分以上仕事している。定時以降はたまに船を漕いでたりする。
推しの新情報もフォロワー様の近況もろくに追えていないと感じている。
見たかった番組も見られず、録画しても休みの日ですら見られる時間もなく、返信もあまり返せておらず、TLを眺めては内容もよく飲み込めないまま機械的にふぁぼだけするような日々。
ここまで推し活が出来てないのははじめてで、今のような状態になると私の中では死活問題になるんだなと分かった。

また、満足な食事も睡眠時間も摂取出来ずにいる。
ありがたいことに夜食は出るが、ペットボトルの飲み物+おにぎり+パンと毎日同じような組み合わせで、帰宅後は風呂入って歯磨きして寝るだけという単調な日々が続く。
食には無頓着な私だが、我が家の食事がどれだけ恵まれているか、「ちゃんとした食事が摂れる」貴重さや尊さを実感した。

早退出来ることを母親に伝えたら、「早退どんどん使いな、給料欲しいなら別だけど真面目にやることないんだから」と助言を受けたので、毎週水・木は早退しようかと考えているが、部長や社長がどう言うか…
正当な理由――見たいドラマがあるから、なんて理由が通用すると思っていない――がなければ実現出来ない気がするが、何も思い付かない。

3.新人が使えない
これはもう終わってしまった問題。
7月の4連休が終わった後、数人入社したのだが、その中の1人――私より格段に年上の方――がやたら先輩方に怒られていた。
私もその人同様に、何でこんなに言われているんだろう?新人は客じゃないし、繁忙期でピリついているとしても、ここまで厳しくする?先輩達みたいにスムーズに動けなくて当然の入社初日の人間に?と違和感と疑問が生じた。
その人は全く改善の様子を見せない上に何度も同じことを指摘される度に何か小言を言っていた(気がした)し、私はそれ以上先輩方を不満にさせないようその人のミスをカバーする形で自ら動いていた。
さらに普段はクールな社員さん――私が入社した時、いわゆる教育係として付いていた先輩―――が声を荒げた時、一瞬場が沈黙し、少し離れた場所で違う仕事―――数回やったことがある単純作業なのに、あまりの仕事量の多さにひどくトチっていた―――をしていた私も怯えてしまい、主に精神面が疲れた。
その翌週辺りから、腹痛で休みを取ったと別の先輩(男性)が笑いながら話してたのを聞いたが、あれだけ厳しく追い詰めてしまったら当然だと思う一方、何だか被害者ぶってるような気もした。
以来、その人はぱたりと姿を見せなくなり、仕事用の長靴もなくなっていた。

4.学生時代の再来
「彼氏いないの?」
入社当時、よく質問されたことの1つだ。
案の定、「います、彼女が」なんて言えず、言葉を濁してその場を逃れた。
同じ部署によく一緒に仕事している同い年(か1つ上)ぐらいの男性の先輩がいるのだが、「彼とかどう?」と部長に誘われたことがある。
確かにその先輩は、真面目で良い人だ。
その先輩も否定してるが、私には一切そんな気はない、厳密に言えば「持てない」のに。
それでも一緒に仕事してることが多いというだけで、部長に彼氏彼女扱いされる。
部長だから強く言えない訳じゃなく、仕事でご指導ご鞭撻頂くこともあるほど気さくで信頼が厚い人だし、冗談で言っていることも分かっているから、私もその度に「だから違いますって~」と20数年の生涯の何処かで覚えた作り笑いを浮かべて否定しているが、あろうことか、先月、別部署に異動した先輩にまで知れ渡っていた。
過去にも同じ目に遭っている。慣れている訳ではない。慣れたくない。

私の「恋人」は後にも先にもきっと彼女1人だけだ。
それをオープンに出来ず、マジョリティ(多数派)の波に呑まれているのが私の周辺のみならず日本の現状だ。
恋をした、好きになった。ただその方が「たまたま」同性だっただけ。
それだけの話なのに(私の場合、その「たまたま」が偶発的に重なってるが)。
仕事でもそうだが、陰口を叩かれたり後ろ指を指された時、「何か言ってる」と切り捨てたい自分と「やるんじゃなかった」と後悔して落ち込む自分がせめぎ合っている。

残業明け、駐車場で車に乗り込む時、帰宅した時。
満天の星空を見上げ、彼女を想う。
「何してるのかな、この空を見ているかな」と。

そんな彼女の存在を「消された」気がして、異性愛が当たり前だと痛いほどにまた思い知らされて、ナイトドライブの最中に悲しくなってしまった。
同性愛者の自分が嫌になった時、決まって母校(高校)の前を通るのだが、その門前でブレーキを踏む。
同級生の女の子の友達に嫉妬した高校生の自分を回想していた。
醜いな、でもそういう恋心は今も昔も、きっとこれからも変わらねぇんだな、と自嘲気味に1人で笑って、またアクセルを踏んだ。

可笑しなことに、私にとって、「同性愛者の自分」は憎むべき「十字架」でもあって嫌になる時もあるが、「それが私だ、私の「ありのまま」だ」と冷静に割り切っている自分も何処かにいて。
嫌いになれず、むしろ(凄くではないが)好きなのだろう。

やがてドライブを終えても車から降りず、私は力なく上体だけ助手席に横たわった。
音楽を止め、ぼんやりと今まで考えていたことを頭の中で整理すると、1つの結論に辿り着く。
満たされない。死にたい訳じゃないけど限界間際だった。
漆黒の夜空のように渦巻く暗い感情は、やがて涙となって流れ落ちた。

その次の週の月曜日、私は定時上がりした。
敬愛する沢口靖子様の主演ドラマ(新作)が放送されるから。
美味しいご飯を食べ、ドラマを見て、心身ともに休めた甲斐もあり、その週は何とか乗り切った。

「お仕事」じゃなくて「推し事」をしていたい。
明日からまた欲求不満な日常がはじまると思うと、憂鬱になる連休最終日。