Chapter 1-1 プロメテウスの盗んだ火

ギリシャ神話のプロメテウスは天界から神が持つ火を盗み出し,地上の人間に与えた文化英雄*でありトリックスター**である。プロメテウスから火を与えられたことで,人間は過酷な自然を生きていけるようになった。一方プロメテウスは主神ゼウスの怒りをかい,岩山に縛りつけられる。

この神話における「火」とは、正しく「知恵」の比喩である。蒙〈もう〉(暗いこと。無知なこと)を啓〈ひら〉くことの比喩として,暗闇に生きる者に火を与える寓話ほどふさわしいものはない(「啓蒙する」を英語でenlightenというのも偶然ではない)。

事実,ヘシオドスの『神統記』ではプロメテウスがゼウスから盗んだのは火だけであるが,アイスキュロスにおいては火と技術とされている。「一言に言えば、なにもかもひとまとめにして、人間のもつ技術〈わざ〉(文化)はみなプロメーテウスの贈物と知れ」――アイスキュロスの『縛られたプロメーテウス』***の中に出てくる有名な一節である。プロメテウスは,天文,数,文字など,人間が厳しい自然の中を生きていくために必要な知恵と技術を教えた人類の恩人なのだ。

しかしプロメテウスは神の火〈わざ〉を盗むという傲慢の罪のため,ゼウスの怒りをかいコーカサス山の岩に鎖で縛られ大鷲から肝臓****をついばまれるという罰を受ける。夜のうちに再生する肝臓は苦しみからの解放を許さない。プロメテウスはヘラクレスに解放されるまでその責め苦を受けつづけることとなった。アイスキュロスの『縛られたプロメーテウス』はプロメテウスに同情的な作品ではあるが,その作中プロメテウスは登場人物によりたびたび傲慢のそしりをうける。「あらゆる技の源という火の輝きを,あいつは盗んで人間どもにやったのだから,その罪過の償いを神々に当然はたさねばならん」(『縛られたプロメーテウス』)と。

「魔晄」の「晄」は、火が輝くことをいう。「魔晄エネルギーが凝縮されるとマテリアができる」(セフィロス)。そしてその「マテリアの中には古代からの知識,知恵が封じ込まれている」(クラウド)。「魔晄」とは,(ときに怪しい)火であり知であるものを表現する,実に巧みなネーミングだ。魔晄は作中,プロメテウスの火として機能している。

FF7を読み解く鍵
魔晄はプロメテウスの火であり知である


注釈
*文化英雄:神話の中で、その社会の基本的な技術・制度・価値などを最初にもたらしたとされる者

**トリックスター:神話や民話に登場し,人間に知恵や道具をもたらす一方,社会の秩序をかき乱すいたずら者。道化などとともに,文化を活性化させたり,社会関係を再確認させたりする役割を果たす。(大辞林)

***アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』(呉茂一訳)岩波書店

****人体において、昔に比べて酷使されている臓器があるという。肝臓だ。現代人は自然界にはなかった化学物質を、口はもちろん鼻や皮膚から体に取り込むこととなった。その解毒・排出のために肝臓が必死に働かざるを得なくなっているという。人間に火(文化・知恵)を与えた罪で岩に縛りつけられ大鷲に毎日肝臓を食い破られることとなったプロメテウスを想起させる。

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