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個人投資家に「32%」のエッジがある理由 - 学術論文から見つける投資機会

はじめに

この記事はマケデコ Advent Calendar 2024 21日目の記事です。

はじめまして。Think/Luminと申します。普段はデータサイエンス系の大学院生として、学業・研究に勤しんでいます。

株のデータ分析はJ-Quants APIのスタンダード¥3,300/月(税込)を契約してるものの、忙しすぎて最近はマジでAPI叩けていない。お布施状態ですが、めちゃ良いですよ。ここまで綺麗にそろってるデータ。

では、そんな素敵なデータがあるにもかかわらず「どんな戦略を立てれば良いか分からない」そんなときに使える一つの考え方・方法を、一本の論文を紹介しながら本noteでは示します。

重要な注意事項

投資系の記事を書くなら、必要な文章。重要。

自己責任原則(じこせきにんげんそく)
投資者が、証券取引の投資判断を誤り損失を被ったとしても、それは全て自らが負担するという原則のことをいいます。常にリスクの伴う証券取引においては、投資家はそのリスクを十分理解したうえで、投資について調査・検討し、自らの責任の下で投資を行わなければなりません。

https://www.jpx.co.jp/glossary/sa/521.html

論文は既に公知の情報のためエッジはない?

株式の取引戦略については、様々な方法が論じられています。アルゴリズムと定量的取引戦略について、学術研究論文から得られた定量的取引戦略のアイデアを提供するサービスもあるほどです。

しかしながら、システムトレーダー含め、裁量投資家の方とも話す中で、学術論文などで報告された投資戦略のエッジは失われやすい現象について、共通認識があると思います。

これが生じる理論的根拠として、主な理由として以下が考えられます。

適応的市場仮説(Adaptive Market Hypothesis)
アンドリュー・ローの提唱した理論で、市場参加者が新しい戦略を学習し適応していくことで、以前は効果的だった戦略のエッジが徐々に失われていくこと。これを避けるための過剰最適化を避けるための手法や、モデルの汎化性能を評価する方法に関する研究が数多く存在します。

クラウディング(戦略の集中)の影響
特定の戦略が公開されると多くの投資家がその戦略を実行することで、その戦略自体の有効性が低下することがある。仮想通貨のトレード専門Botterの方とか伺ってると、この状況がよく見られる気がします。

また、そもそもの問題で学術面で示されている以上、モデル化・新手法であることが重要視されているため、古典的な儲けやすい手法については無視されがちな問題もあります。

さらに、取引コストや入金タイミングなども非現実的である故、かなりの市場間取引が前提となっているような、根本的な課題を持つ論文も多いです。

学術論文で報告されたリターンが論文公開後に約32%減少する事実

では、この現象を具体的に確認した論文を確認してみましょう。

McLean, R. D., & Pontiff, J. (2016). Does academic research destroy stock return predictability?. The Journal of Finance, 71(1), 5-32.

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jofi.12365

McLean & Pontiffは、この現象を実証的に分析した論文を2016年に出版しています。彼らは97の株式リターン予測変数について、論文発表前後での予測力の変化を詳細に調査しました。その結果、

  • サンプル期間外(論文発表前)で既に26%のリターン低下

  • 論文発表後には更に32%低下(合計58%の低下)

との事実が明らかとなりました。つまり、論文が発表されていようがいまいが、バックテストのリターンは25%程度は下がることが示されています。

これは、統計的バイアスの上限値として解釈している感じっぽい。とくに大きな理由は書いてませんが「だいたい皆取引戦略を探しまくってる中で、そのエッジを見つけてるはず」ぐらいの内容が書いてました。

そして面白い事に、論文発表後はさらなるリターンの低下が待っています。その理由として「対象銘柄の取引量が増加」「空売りポジションが増加」「既に公表された他の予測変数との相関が高まる」という変化が発見されています。これは市場参加者が、学術研究の知見を積極的に取り入れて取引を行っていることを示しています。

しかし、この結果は個人投資家にとって重要な示唆を含んでいます。

つまり、この差「32%」は戦略が広く知られることで失われる部分であり、裏を返せば、我々個人投資家が適切な市場セグメントを選択し、システムトレード戦略を実施することで獲得できる潜在的な「エッジ」と捉えることができるのです。

エッジをポロリしたら、一瞬でリターンの32%を失うわけです。Botterや株式シストレの皆様、気をつけましょう。

どんなトレード戦略であれば、リターンは下がりづらいのか?

では具体的にどのようなトレード戦略であれば、予想力が低下しづらく、リターンの長期的な確保が可能なのでしょうか。論文中では取引コストとの関係に着目し、以下の株式が予測力の低下が比較的小さいことを明らかにしました。

  • 流動性が低い株式

  • 個別リスクが高い株式

  • 取引コストが高い株式

それぞれについて、論文中で解説されている内容の概要を以下に示します。

流動性が低い株式

メカニズム:流動性の低い株式で予測力が維持される理由は、主に取引執行の制約に関連しています。機関投資家は、投資判断とポートフォリオ管理の観点から、流動性の低い株式への投資を制限せざるを得ません。例えば「デイリーボリュームの10%以上の取引を行わない」といった基準が設けられていたりすることがここに影響しています。

具体例:時価総額1000億円の中小型株で、1日の出来高が1億円程度の場合を考えてみます。1000億円規模の運用を行う機関投資家が5%のポジションを取ろうとすると、50億円の取引が必要になります。これは50日分の出来高に相当し、現実的には執行が困難です。そのため、機関投資家が取り扱う対象にはなりづらいです。

個別リスクが高い株式

メカニズム:Treynor-Black (1973)の調査によると、個別リスクが高いほど、投資家は小さなポジションしか取れないことを示しました。さらに、Pontiff (1996, 2006)の研究によると、個別リスクの高さは裁定取引の重要な制約要因となることが分かっています。これは主に、適切なヘッジ手段の不足と、ポートフォリオ全体のリスク管理の必要性から生じています。

具体例:大型の電機メーカーと、特殊な半導体製造装置メーカーを比較してみます。前者は業界内の他社株式でヘッジが可能ですが、後者は適切なヘッジ手段を見つけることが困難です。その結果、後者への投資は必然的に未ヘッジのリスクを伴うことになります。よって、ポートフォリオ管理が重要となる機関投資家の参入が制限されるため、持続的な投資機会が存在しやすいという理論が言えます。

取引コストが高い株式

メカニズム:取引コストの高さは、裁定取引の収益性を直接的に低下させます。これは単純な算術的な制約として機能し、理論的に存在するはずの裁定機会が実際には活用されない状況を生み出します。

具体例:年率10%の超過リターンが期待できる戦略があったとしても、取引コストが片道2%(往復4%)かかる場合、実際の期待リターンは6%に低下します。これは多くの機関投資家にとって、リスクに見合わないリターンとなる可能性が高くなります。機関投資家は通常、取引コストが低い(流動性の高い)株式を好むことから、ここにもあまり手を出してきません。

機関投資家が行かない場所にこそチャンスがある

上記した取引コストから見た、リターンが下がりにくい株式を確認すると、そこから浮かび上がってくる重要な示唆があります。それは「機関投資家が行かない場所を見つけることこそが、個人投資家の競争優位になる」ということです。

考えてみれば当然のことです。

数千億、数兆円規模の資金を運用する機関投資家は、市場に大きな影響力を持っています。彼らが参入する市場では、その圧倒的な資金力によって、あっという間にミスプライシングは解消され、投資機会は失われていきます。最適な市場に落ち着くはずです。

しかし、機関投資家には、前述したような取引において、構造的な制約があります。これらの制約は、逆説的に個人投資家にとってのチャンスとなります。なぜなら、機関投資家が参入できない市場セグメントでは、価格の非効率性がより長く持続する可能性が高いからです。

つまり、我々個人投資家がトレード戦略を考える際に、一丁目一番地で重要なことは「どのような戦略を使うか」という以前に、「どの市場・株式で戦うか」という選択なのです。いくら優れた戦略を持っていても、機関投資家と同じ土俵で戦えば、その圧倒的な資金力の前では太刀打ちできません。

個人投資家の強みは、小回りが利くことです。機関投資家が見向きもしない小型株や、取引の少ない銘柄にも投資し、機会をフル活用できる可能性があるということです。

ただし、これらの市場セグメントには独自のリスクが存在することを忘れてはいけません。適切なリスク管理と、慎重なポジション管理が不可欠です。そしてもちろん、あなた以外の個人投資家も虎視眈々とその状況に目を光らせているはずです。

論文の出版構造からエッジを見つける。

では「どの市場で戦うか」が重要だと分かった上で、どのようにして我々はエッジを見つければ良いのでしょうか。

そこでも意外と論文が使えます。そのためには、研究を行う上で、論文がどのような意味を持っているかを理解する必要があります。

学術論文、特に査読付きジャーナルに掲載される研究には、独特の特徴があります。最も重要なのは、その目的が「新規性の追求」にあるという点です。つまり、単純に収益性の高い投資戦略を見つけることではなく、これまでにない分析手法や理論的な発見を示すことが重視されるのです。

一例に、エルゼビアのJournal of Financial Marketsの「Machine Learning, Generative AI, and Trading」に関するCall For Paperの文章を翻訳し、引用します。

Journal of Financial Marketsは、「機械学習、生成的 AI、トレーディング」をテーマにした特別号の論文投稿を募集しています。興味深い論文は、機械学習や生成的 AI などの新しいテクノロジーを金融市場で情報がどのように処理されるか (または処理される予定か)、また価格がどのように形成されるか (または形成される予定か) について応用するものです。理論的な研究と実証的な研究の両方を歓迎します。興味深いトピックの例には、JFM の次の典型的な関心分野における機械学習や生成的 AI の影響が含まれます (ただし、これらに限定されません)。

https://www.sciencedirect.com/special-issue/291285/machine-learning-generative-ai-and-trading

この特徴は、論文の構造にも大きな影響を与えています。

研究者は通常、分析手法の有効性を明確に示すため、できるだけシンプルな形で戦略を実装し評価します。複数の戦略を組み合わせたり、複雑な条件を加えたりすることは、新しい発見の本質的な価値を評価しづらくするため、避けられる傾向にあります。

エッジを見つける視点

金融分野での論文や戦略の実践・組み合わせについては、既に多くの実務家や研究者が取り組んでいます。そのため、論文中の手法で取れるはずの「32%」が失われています。

しかし、金融以外の分野で開発された分析手法を金融市場に応用するアプローチは、論文では明らかになっていない場合がほとんどです。

よって、学術研究の特徴を理解すると、意外にも金融工学以外の研究分野に投資機会が隠れていたりすることに気がつくはずです。例えば、

  • エネルギー市場での需給予測モデル

  • 気象データの時系列分析手法

  • 生態系の相互作用を分析する数理モデル

  • 物理学での複雑系理論

これらの手法は、金融工学・金融市場での応用例が極めて少ないため、独自のエッジとなる可能性が高いのです。具体的な私自身の経験で述べると、エネルギー市場で使用される時系列モデルを取り入れたトレード戦略が、今運用しているサブの株式Botです。

このように、エッジを見つけるためには、あえて金融の世界から一歩外に出て、他分野の知見を取り入れることが、意外にも効果的なアプローチとなるかもしれません。

まとめ

本投稿では、McLean & Pontiff (2016)の研究を出発点として、学術研究が投資戦略に与える影響と、そこから導かれる実践的な投資機会について検討してきました。

学術論文で報告された投資戦略は、論文発表後に予測力が大幅に低下することが明らかになっています。この低下の原因は主に機関投資家を含む、多数のマーケットメーカーが関わっていることも分かりました。その一方で、我々個人投資家は、学術研究の特徴を理解することで、新たな投資機会を見出すことも可能であることも示しました。

成功するシステムトレード戦略の一丁目一番地は、単なる分析手法の優位性ではなく、市場の構造的な特徴を理解し、そこから生まれる投資機会を活用することにあります。特に個人投資家やシステムトレーダーにとって、機関投資家が構造的に参入できない市場セグメントこそが、持続的な投資機会を提供する可能性が高いと言えると思います。

その上で、これまで誰も取り組んだ事のない「32%」のエッジを見つける旅に皆さんも挑戦してみてはいかがでしょうか。

データサイエンスを勉強して、こねこねする大学院生の取り組みでした。

参考文献

McLean, R. D., & Pontiff, J. (2016). Does academic research destroy stock return predictability?. The Journal of Finance, 71(1), 5-32.
Treynor, J., & Black, F. (1973). How to use security analysis to improve portfolio selection. Journal of Business, 46(1), 66-86.
Pontiff, J. (1996). Costly arbitrage: Evidence from closed-end funds. The Quarterly Journal of Economics, 111(4), 1135-1151.
Pontiff, J. (2006). Costly arbitrage and the myth of idiosyncratic risk. Journal of Accounting and Economics, 42(1-2), 35-52.

今回のnoteで引用した文献一覧


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