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クズこゝろ



随分昔の話です。

この機会に君に本当に洗いざらい全て話そうと思い筆をとりました。

君から受け取った手紙は数百通に及びます。

君は怒るかもしれませんが、全て読んでいないのです。

封を切ろうと手には取るのですが億劫になってそのままにしてしまう。

かと言って捨てるに忍びなく、いつしか差出人に君の名を認めるなりAmazonの段ボール箱に投げ入れるようになっていました。

(君も知っての通りかつてのAmazonの段ボール箱は不必要に大きいことがままありました。しかしこのように有意義に使うこともできるのです)

君が手紙を書き封をしたものを業者が回収し我が家に配達する。
私がそれを手に取り選別し君の名を確認したらAmazonの段ボール箱に投げ入れる。

ゴミ収集車に運ばれる予定はなく、何かこれといって役に立ち得るものでもない。ゴミでもなくゴミでないものでもない。

君のつまらない行為によって信頼性の高い生産ラインが誕生し、次々と奇妙なものが産み出され続けることに世の不思議と人間の業の深さを感じずにはいられません。

妻に汚らわしいから早く捨ててと言われますが、何故か私は捨てようという気にならないのです。

私の戦利品のように感じるのです。

君は私を先生と呼んでいました。

ですが私はそう呼ばれるような人間でしょうか。



私とKは竹馬の友でした。私のいる下宿家を紹介し彼も部屋を借りました。いささか金銭的余裕のあった私は貧しい彼を支援する気持ちでいました。

ところがある日彼の部屋に呼び出され、下宿屋のお嬢さんに恋したと告白してきたのです。お嬢さんに密かに恋慕の情をよせていた支援者である私にです。

私は親切心からKの恋愛相談に乗りましたが何から何まで正さなければならない程彼は常識を何も持ち合わせていませんでした。昔から学問はできるのですが、偏狭で気が利かず臨機応変の才がまるでありませんでした。出来損ないという言葉がしっくりくる人物です。なおかつ頑固で最後は君の望むようにしろと言うしかないのでした。ここで私の生来の他人の身を案ずる性分がKの正体をお嬢さんに知らせておかなければならないと私を動かしはじめKを監視しなければならないと思いはじめました。

お嬢さんやそのお母様にKのことを尋ねられると、悪口と取られては私の評価を落とす危険性がありますので「勉強はできるのですが・・・」と苦笑いで誤魔化すしかありませんでしたが言外に匂わせた方が自らを守りながらかつ相手に伝わる最善の方法だと幼少から無意識で理解していた私は何度もそれらを繰り返しやがてその結果に手応えの様なものを感じるようになりました。お嬢さんたちのいるところでKが何かをする時たとえば食事中の動作や歯磨きの仕方などKの行動に対してのダメ出しをKにだけではなくお嬢さんとお母様にも聞こえるようにまたそれが口うるさい男に彼女たちに映らないよう気をつけて私が良くないと思う事をKのために根気強く教えていきました。Kが何かを上手くやった時、彼女達が間違った印象をKに持つ事になる恐れがあるような場合はすかさず今回はたまたま上手くいっただけだと彼女達がわかるようにKの失敗談を、私に悪意があると後から誤解されないよう軽い笑い話にして必ず付け添えました。いつしかKのいない会話の最中にKの名が出るとみんな、あるお決まりの表情をつくりそれまでの会話をやめてお互いの目を見合い別の話題にずらす様になっていきました。ここをKに紹介した私は責任を感じていましたから少し安心できる状況になってきたとホッとしていました。

ある日母娘と私で話している時もう十分Kの正体が伝わっただろうと確信した私は確認も込めて冗談めかし「Kはお嬢さんの事を好いてるかもしれない」と言いました。その場はみんな笑って終わりましたが、翌日お母様から心配だから娘を貰ってくれないかと話があり私は思わず二つ返事で受けてしまったのですが、Kのことを思うと面倒な事になってしまったものだと思ったのでした。Kは逆恨みをするでしょう。とにかくこうなった以上お嬢さんとお母様には今まで以上に誠心誠意接していかなければならないと思いながらも、どうすればKを刺激しないで済むか悩みの種となりました。とりあえずお母様にはKにはまだ内緒にしておきましょうと言いました。

Kは私への嫉妬からか私への態度が横柄になり、その様子を見ていたお嬢さん母娘はKから距離を置くようになっていきました。私は子供のような態度のKに食べ物を差し入れたり優しい言葉をかけたりしていたので、お嬢さんとお母様も私のあのような態度のKへの誠意と気遣いに感心しきりでした。Kは益々自分の殻に閉じこもり私との差が浮き彫りとなっていきました。その頃からお母様がKを生理的に受け付けなくなってしまい、ここに至っては仕方ないとKに結婚の事を話してここを出ていってもらうしかないが私からKに話すことは彼にとって残酷すぎるのでお母様の方から伝えて欲しいとお願いしました。彼は結局己の未熟さを認めることなく必然闇に沈んでいきついには自死の道を選んでしまいました。

お嬢さんは私の妻となりました。

妥協の末の結婚だとは思っていましたが、彼女はそれ以上に厄介な人間でした。私が何を言っても信じるので最初はからかって楽しんでいたのですが、このような人間にお金を自由にさせてはいけないと思い生活費は与えませんでした。働きに出る事も許しませんでした。何かしでかすに決まっているからです。妻は心配しすぎだと事あるごとに言いましたが、私が全責任を持って管理するから君は家で自由にしていればいいと諭すと納得して喜んでいました。

必要なものは全て私の母が買ってきました。思い描いていた結婚生活とは程遠く不満は募る一方でした。

ある日、妻が洗剤を使いすぎストックが尽きてしまった事を私がケチであるかのように私のせいにしてきたことに私は激怒し口論となりました。妻は私が手をあげる様巧みに私を誘導してきました。

彼女が救急車を呼ぼうとしたので頼むから大人になってくれと言って窓から外へ携帯を放り投げた時、妻は突然Kの話を持ち出してきたのです。

私は呆然としました。彼女は私がKを自殺に追い込んだと思い込んでいたのです。妻が私の予期しない事を心に持っていた事にまず衝撃を受けました。そしてまるで私が彼女を得る為に友人を死に追いやったなどとは大きな裏切りです。しかもそう思いながら私と一緒になったのですから愚鈍どころかとんだ食わせ者だったのです。

私ほどKのためを思って支援してきた人間はいません。彼の未熟さを矯正しようとしもしました。しかしそれを妻にくどくどと説明するのは男らしくありませんし、説明しても愚鈍な妻には理解できず面倒ですから私は生来の知恵を働かせ「実はKは私をゆすっていた」と妻が理解しやすいように話しました。実際私はKにお金を貸していました。それからKが嫉妬から勝手に私に敵対心を持って接してきていたことその愚かな彼に対し誠心誠意尽くしてきたことを話すとやっと彼女は当時のことを思い出したように見えました。

妻は納得したのかそれ以上何も言わず、救急車は呼びませんでした。静かに脚や腕に湿布を貼り出しましたので私は背中に貼るのを手伝ってあげました。

妻を信じ切り妻のために懸命に働き、不自由ない生活を送らせていた私にとって妻の裏切りは大きな衝撃でした。

そして妻は浮気をしています。妻は否定しますが、私は事実を確かめようなどと愚かな事はしません。みんな嘘をつき、卑怯にも被害者面を始める事を知っていますし、嘘というのは一度放たれると真実のdnaに入り込み複製を繰り返し増殖して真実などというものの力は失われてしまう事も知っていました。そうなると他人にも感染し私が悪者になる恐れも出てきてしまいます。私はいつでも真実を知っています。それで十分なのです。私は一瞬で人の嘘や拒絶弱点を見抜く才能を生来持っていると人生の早い時期に自覚してからは生きていくのにそれだけで十分だとわかっていました。

別れると言うと妻は鳩が豆鉄砲を食ったような驚いた顔を見せました。顔全体の表情と目の表情が不釣り合いで目だけ浮いて見えます。え?何のこと?どうして急に?見当もつかない。そう見せたいのでしょうがそれは私がよく使う手です。私が騙されるわけありません。彼女は全てわかっています。私のことを心配するふりをしてきましたが自分のこれからの生活を心配をしているだけです。私がKを殺したなどと言う女には相応しい姿でありましたのでその顔を見てざまあみろと溜飲が下がる思いで思わずにやけてしまいました。私はもう決めたのだからと言って頭を冷やしに外へ出ました。外を歩いているうち涙が出てきました。物言わぬKの前で必ず彼女を幸せにするから安心しろと号泣し誓ったあの日を思い出していました。そして好きでもない女と一緒になりKの尻拭いのために私の人生の計画はだいなしになったと感じていました。Kの嫉妬の種が成長し私の人生を傷つけはじめたのです。しかし次の瞬間人生の事実が私を鼓舞しはじめました。Kの欲しがるものを私が手に入れた事に変わりはない。私はKに勝った。私はやればなんでもできる。理想的な優しい妻を迎えてまたやり直そう。出来損ないの世話に追われ人一倍気苦労を重ねてきた私は幸せになる資格がある。そしてKの呪いに打ち勝つ自信が全身に湧いてくるのを感じるのでした。

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