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#010 『鞄談義2』 まえがき

 音楽を聴いた瞬間、その曲が流行っていた頃の記憶が鮮明に思い出されることがある。その頃の空気のようなものまでが心の中で再現される。私の場合、それは何故か、ほろ苦い思い出であることが多い。
 鞄にもそういう一面がある。部屋の片隅に置かれている鞄を見るとき、または鞄に触れるとき、その鞄をメインで使っていた頃の記憶が甦る。私の場合、それは何故か、ほろ苦いながらも人生のプラスになったことの思い出であることが多い。
 その当時、自分がどのような夢や希望や理想を持って生きていたのか、どのようなことに問題意識を持って取り組んでいたのか、どのような人達を仲間に持ち、何を語り合っていたのかが思い出される。失敗した経験は必ず次のステップに繋がっていたことを再認識する。そして、そのような世間話を少しばかり語ってもいいかなという気持ちになる。
 そこが、音楽とは異なる。

 鞄はただの入れ物にあらず。
 鞄には未来・現在・過去の時間が染み込んでいる。

 人は、鞄の中に様々な夢や理想を詰めて持ち歩いている。学校名が書かれたスポーツバッグ。自分のプレイに納得できずに悩むことの連続なのかもしれないが、強くなりたいという思いで日々の練習を続けている。強くなっている将来の自分をイメージ出来るから乗り越えられる。企画書や報告書や端末が入っているだろう会社員。自分の能力を最大限発揮したいと思っている。子どもを連れた母親。着替えや食べ物などを詰めたバッグが重そうだ。子どもの幸せと健康を願ってやまない表情が美しい。競馬新聞と赤色鉛筆が出てきた縦型の小さなショルダーバッグ。今日こそ一発当てたい。期待している表情の奥に疲労感が見えるのは思い過ごしか。

 物を入るだけであればスーパーの紙袋でも何でもいいのかというと、それは違う。お気に入りの服を着て、機能的な靴を履き、服と靴に合う鞄を持つ。
 アリ・セス・コーエン著『Advanced Style ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ』という本がある。被写体は六十から百歳の女性たち。「洋服を着るときは、何かを創っているのよね」。堂々たる装いは、豊かな経験の証しであると著者は言う。何という説得力。認めざるを得ない。今ある姿は、それまでの数十年間を物語っている。今を生きることの、一つの表現がここにある。
 鞄も同じだ。「鞄を持つときは、何かを創っているんだよな」。そんなことを言えるような今を生きたい。

 使い続けてきた手帳カバー。長く使っているが私は新しいものに替えようとは思わない。不思議と年々美しさが増してくる。その美しさは、持ち主の私の日常と過ぎ去った時間が作り上げたもの。
 履き古した靴。手入れが十分であれば、その古さは力強い美しさを伴っている。その靴も過ぎ去った時を静かに語ってくれる。
 鞄も同じだ。今を生きてきた。未来を見据えながら、今を生きてきた。その結果として、多くの過去が積み重ねられた。過去を語ってくれる鞄の存在は生きてきた証し。どこに出掛け何を見てきたか、何を考えたか。どこに出掛けて誰と会ってきたか。その人と何を飲み食いしながら、どのようなことを語り合ったか。そして、その人達と何に情熱を燃やしてきたか。何に夢中になって取り組んできたか。
 その時折に鞄があったのだった。
 鞄の中で未来は今となり、今は過去となっていく。その過去は積み重ねられて鞄に染み込んでいき、そして、鞄は古くなりつつも美しさを増していく。そんな鞄を持って、新たな出会いを求めて出掛けていく。そこには小さいながらも発見がある。ささやかではあるけれど、その小さな未来が嬉しい。

 いかがですか。鞄談義という世間話をしませんか。過去を振り返るためだけではなく、今を生き、未来を生きるために。

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