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フェルミエのワイン造り(Pen Onlineの記事を受けて)

フェルミエのワイン造りの一端をお伝えします。
フェルミエは海に近い新潟市西蒲区でアルバリーニョ、カベルネ・フラン、ピノ・ノワールを栽培し、ワイン醸造・販売まで直接行うマイクロワイナリーです。ぶどう畑を望むワイナリーにはレストランも併設しており新潟フレンチとフェルミエのワインをお楽しみいただけます。

”自然派”というカテゴリーの記事ですので、「フェルミエは自然派なのか?」と思われる方もおられるかもしれませんが、フェルミエのワイン造りのポリシーやアプローチがどのようなものかは記事をお読みいただければと思います。

ライターの鹿取さんからこのワインを記事にしたいというお話をいただいた際、「自然派ワインがテーマでしたら、うちのワインは対象外ですが…」というやりとりから始まりました。それでも詳細なテクニカルデータも開示し編集部を通していただいたようです。鹿取さん、有難うございます。

記事にもありますが、私自身、化学農薬を放棄したり野生酵母を使用する目的が”自然派ワイン”を志向するためではありません。これらは、
ⅰ)この土地の自然やぶどうの個性を素直に現すために辿り着いた方法であること、
ⅱ)多少の病害などによる減収があっても欧州のドメーヌのようにこの地で永続的にワイン造りを続けるために最善の手法を求めてのものです。

記事でフェルミエのワイン造りを紹介いただいたこの機会に、なぜフェルミエがその土地の自然が素直に表れるワイン造りにこだわるのか説明したいと思います。

私は、絵画がキャンパスに描かれた作品であるようにワインもその土地のその年の自然がボトルに詰まった作品であると思っています。極論すれば1本のワインを通じて海外のテロワールを海を越えて日本で楽しむことができますし、自分の誕生年のその土地の気候の特長なども時を超えて楽しむこともできます。現代の技術を持ってすれば単に美味しい飲料は工場で人工的に低コストで量産可能でしょうが、ワインが長い歴史を経て今なお人々の生活と共に存在し続ける理由は、その土地やその年の姿を表す価値、換言すればそのワインはその土地のその年のぶどうからしか生まれない稀少性と、しかもそれが自然の営みによりもたらされることにあると思います。

ファッションと同じようにその時代その時代に流行るワインのスタイルはあるでしょうが、私はワインのこの本源的な価値創造にこだわりたいと思いますし、自分が生まれ育った土地のワイン造りに誇りを持って取り組んでいます。

ワインに単なるアルコール飲料としての価値しか見出せなければ、昨今のアルコール離れや健康志向の広がりによりワイン市場は衰退してゆくかもしれません(”自然派ワイン”とてそもそもアルコールであり、人体に優しいという点では自己矛盾を内包しているかもしれません)。勿論、作品としてのワイン(多くの日本ワインが該当)と農薬や除草剤を大量使用し機械化して大量生産される安価な輸入ワインはTPOに応じて使い分けられると思いますが、今後も前者のワインは永続すると信じています。聖書でキリストの血と記される精神性までワインに求めないまでも、ワインは少なからず文化・芸術的側面を有し一定の方の知的好奇心をくすぐる魅力ある液体であり、その究極的な価値はぶどうが生まれたその土地の自然に帰結すると考えます。

ぶどう品種についていえば、カベルネ・フランやアルバリーニョのワインを造ることが目的ではありません。その土地の自然の姿を引き出すことに適した品種を選定することが重要であると考えます。あくまでも、ぶどうは土地とワインを媒介する存在と捉えています。記事にもありますようにフェルミエは運良くカベルネ・フランやアルバリーニョと出会い、どうやら今のところこれらの品種が海と砂の新潟のテロワールとの相性が良さそうなのでこの品種を通じて新潟のワインを造ることに15年間、心血を注いできました。しかし、たまたま最初に巡り合った品種がこの2種であり、さらに新潟の良さを引き出してくれそうな品種を常に探求しています。

さてさて、かなり長くなってしまい恐縮ですが、Pen Onlineの記事をフェルミエの防除と設備の面からさらに補足しましょう。ご興味がある方はもう少しお付き合い下さい。

まずは防除(ぶどうの病害・虫害を防ぎ除く作業)について。
高温多湿の日本で化学農薬を放棄するからにはそれなりの”代償”も覚悟してのことです。春先から畑の風通しなどに細心の注意を払うことは言うまでもありません。そして、カベルネ・フランとアルバリーニョの畑は防除のやり方も少し変わってます。
一般の果樹栽培農家が使用する「スピードスプレーヤー(SS)」を使用して農薬などを散布するのですが、この畑の防除には4種類あります。
①バチルス菌(微生物資材)の散布
②電解水/次亜塩素酸水(有機JASの特定農薬)の散布
③無化学農薬の散布
④雨上がりの気温22〜27℃の環境での送風(SSとブロワーを使用して)

以下に説明します。
①はベト病などの菌類の予防と土壌中の微生物の活動を活性化させる効果があります。
(市販のバチルス菌溶液もありますが、フェルミエは自作してます。)

②は最近、新型コロナウイルスに対する有効性が議論になったあの次亜塩素酸水です。電気分解により次亜塩素酸水を生成する機械を数年前に購入しました。もともと包丁やまな板などを殺菌する次亜塩素酸水を農業用に転用したものですので、ぶどうや土壌、そして人体にも無害です。ただ、この機械はそれなりに高価なものですので①〜④の中では最もイニシャルコストが高くつきました。

そして、フェルミエの防除で最も頻度が高いのが④です。3台のSSの送風機能と背負いのブロワーを使用して雨上がりにぶどうをブロウして菌を飛ばします。④にはポイントが2つあると考えております。まず効用についてです。ご家庭でも梅雨時にカビが生えやすい場所としてタンスの裏側の壁面などがありますね。風通しが悪い場所は空気が滞留してカビが繁殖しやすくなるそうです。従って、送風することにより空気を対流させて病原菌を吹き飛ばす効用があると考えます。次に防除のタイミングです。防除は毎週決められた日時に定期的に実施するよりも、菌が繁殖しやすい状況が発生した時にタイムリーに実施する方が効果的であることは言わずもがなです(畑に設置したセンサーが気象状況をモニタリングし、防除のタイミングを携帯にアラームで知らせる大手電機メーカーが開発したシステムもあるそうですが、重要なのは雨が上がるタイミングと気温くらいですから高価なシステムに頼るは必要ありません(笑))。送風であれば、雨が数日続く場合でも、農薬と違って危険な状況になれば毎日でも防除可能です。フェルミエでは、前記の通り4つの圃場を3台のSSとブロワーを駆使して3.5人でタイムリーに一気呵成に取りかかります。

続いて設備について。
10年ワイン造りを続けてその先のフェルミエの歩みを考え、二つの大きな投資を決断しました。
一つは醸造設備です。それまでの”ガレージワイナリー”を卒業してぶどうの受け入れからワインセラー(熟成庫)まで一貫して理想とする温度にコントロールできるようにし、仕込みに関しては選果の精度を向上させ、グラビティーフローを取り入れました。特に温度の面での改善が醸造にも大きく寄与し、記事にもあるように野生酵母や亜硫酸を極少量に抑えても、好ましくない揮発酸生成や初期の乳酸菌の働き等を抑制することが容易になりフェルミエが目指すワイン造りの階段を一段登ることができました。

もう一つは、私(醸造家個人)が感覚的に捉えているワインの要素を数値化する”ものさし”を持つということです。元来、フェルミエは”ないないづくし”でスタートしましたから、醸造においても計測可能な情報はアルコール度数、総酸、りんご酸、比重くらいでした。揮発酸、乳酸、残糖などは私が感覚的に「これくらいならOK」と捉える程度でした。おかげで私自身の感度は研ぎ澄まされたと思いますが、フェルミエが永続するためには「これくらい」という俗人的なもの言いはNGで、職人気質の仕事をするにしても、スタッフ同士でそれぞれの要素を数値で可視化・言語化して共有する必要があると考えるに至り、分析機器を導入しました。50mlほどのサンプルで揮発酸値、乳酸値、残糖なども含む必要な分析値を数秒で同時に計測できるワイン専用分析機器(分光光度計)です。これにより、発酵中の好ましくない揮発酸などの生成もモニタリングできるようになりました(誤解がないように書きますが、フェルミエでも亜硫酸無添加等で意図的に微量の揮発酸を生成させたワインを作ることもあります)。

いずれも小さなワイナリーにとっては思い切った投資でしたが、後に振り返って有益な投資だったと思えると良いのですが…。

ワインはサステイナブルなものであると思いますし、シンプルにワインが本来あるべき姿を追求することがフェルミエがサステイナブルに歩む最善の羅針盤であると疑いません。


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