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「奇跡のコース」ACIMレッスン225

今日も、ゆるしについて学びます。
ゆるさない思いが何を引き起こすのでしょうか。

レッスン225のアイディア

神はわたしの父です。
そして、神の子は父を愛しています。

「奇跡のコース」のワークを学ぶガイドブック9 / ナチュラルスリット

レッスンの進め方

レッスンのアイディは、祈りとしても通用します。
祈る時、わたしたちはいつも神のうちに在ることを思い出すことができます。この生命を日々の幻想(心を投影した事象)に振り回されて、神のエネルギーを分かち合っている自分を見失わないようにしましょう。
今日も、1日の中で、レッスンのアイディアを思い出しましょう。

今日のレッスンのヒント

なぜ、「奇跡のコース」は、父、神の息子と現しているのでしょうか。
なぜ、母、娘でなく、父、神の息子なのでしょう。
「奇跡のコース」は男女の区別をして、父、息子といっているのではありません。コースがいう神の息子とは、まずイエスを指し、そして、私たち全員を指します。イエスはわたしたち(神のエネルギーを分かち合った者)の象徴として、理解することができます。
聖なる三位一体とは、イエスを含めたわたしたち全員の心、ホーリースピリットと神だと述べています。
聖書との対比を明らかにするために父、息子と表現しているのです。「主」「母」と置き換えても構わないのです。
ここでは、「神=万物の創造主である神のエネルギー」とあらわすことが多いですね。

今日のテーマ[ゆるしとは何ですか?](5/10)

ゆるさない思い(これはエゴなのですが)は、数々の行動を引き起こします。狂乱状態になったり、自分を邪魔しているとみなす(これも、もちろんエゴの仕業です)ものを自分解釈で、攻撃したり、自分を正当化して防御したりします。そして、自分が設定した目標を追い求めるのです。


テーマのヒント

ゆるそうとしない思いは、知覚するすべてのものを、ゆるさない理由にします。なんでもこじつけます。こうなったのは、あの人のせい・・と。それは、まるで今日、雨が降るのも、風が吹くのも、電車が遅延するのも誰かのせい、また、自分のせいと言っているのと同じことです。
ついには、神を恨むことになります。
こじつけ名人は、聞く耳を持ちません。どんな話を聞いてもゆるさない理由にできるのです。「・・・でも、」という " Yes,but・・." 人間です。
この思いと戦っても勝てません。エゴはなんとしても生き残ろうとするからです。どうしたら、いいのでしょう。
まずは、「戦場から離れなさい。」
そこにいる限り、平和は訪れないのですから。戦場にいると気づくことがわたしたちのすることです。

今日の祈り

わたしは、ゆるさないという戦場から撤収します。
ホーリースピリット、どうかわたしを平安に導いてください。

まとめ

「ゆるさない・・ゆるしたくない」思いの中にあるのは、「わたしは間違っていない。あなたが間違っている。」という確信です。
十数年前、「夫に謝って欲しい。」と思う出来事がありました。
「明らかにあなたが悪い、あなたのせいでわたしは傷ついたの。」
だってアレコレ、云々・・・証拠はいくらでもありました。こじつけではないことでも、とにかく、なんでも自分を正当化する材料になります。
自分が正しいとか、あなたが間違っているとか、「奇跡のコース」が伝えているゆるしはそういうフェーズの話ではないのです、
わたしの体験エピソードは、まさしく今日のレッスンそのものです。
ですが・・、夫は絶対に謝らず、それがわたしには本当に不思議でした。
きっと、わたしがゆるしを学ぶ絶好の機会が与えられていたのでしょう。
誤った(謝罪した)→和解した(謝罪を受け入れた)→ゆるした
などということが、真のゆるしとはなんの関係もないのです。
そんなことは、なんの解決にもならないのだと、今は理解できます。
あの時わかっていたら、苦しい気持ちにならずにすんだかもしれません。
きっと、わたしにはその葛藤は必要なことだったのでしょう。
そのおかげで、今、真のゆるしの意味がやっと理解できるのです。
あの人が悪い、あの人のせいで・・という重たい思い(エネルギー)を解放できたことで、ラクで気持ちが縛られていない自由を体験しています。

こどもへの癒しはあなた自身の癒し

ここまで、お付き合いいただきありがとうございます♡

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