「おっさん、それは神宮寺レンや」〜うた☆プリファンやってたら麻薬の売人に間違えられた話〜
あまりにも愉快なので身内の間で定期的に話題に上っている、私の昔話をしたいと思う。タイトル通りだ。うた☆プリのファンやってたら麻薬の売人に間違えられた。なんでそうなったの? って思うだろうが、私もなんでそうなったのかわからない。
一応説明しておくと、うたの☆プリンスさまっ♪、通称うたプリは、女性向けの二次元アイドルジャンルの走りとなった作品で、原作は乙女ゲームだ。作曲家のヒロインを操作してイケメンのアイドル候補生と恋愛するような内容のゲームだったが、人気に火がついてアニメ化や舞台化、映画化など色々な展開が為された、今でも多くのファンを抱えるアイドルコンテンツである。私はもう何年も前にファンを上がった身だが、楽曲などの出来も素晴らしいし、ゲームもすごく面白いので、詳しく知りたい人は是非ともggってくれ。
ごく平凡な乙女ゲーマーであった私は、沼にハマるようにうた☆プリのガチ勢となり、大学生の青春をカルテットナイトのプリンス美風藍に注ぎ込んだ。そして、何故かライブ会場の近くの路上で、麻薬の売人に間違えられるに至った。
もう、5年以上前の話である。うたプリの情勢や、もっと言えばオタクを取り巻く環境自体が今と違っている。今から思うと「ちょっとそれどうなの?」と思われる要素を含むのだが、環境の違いということで広い心で読んで頂きたい。そして、ちょっぴり笑っていただけたら幸いである。
時は平成。
私は都内住みの貧乏な大学生で、今で言う「転売屋」に近いことをしていた。
といっても、利益を出そうとしていたわけではない。
今でこそオタクコンテンツは福利厚生、通販や受注生産の体制はだいぶ充実しているが、当時はまだ「会場限定グッズ」がまかり通っている時代だった。地方在住のファンや、或いは行列に並べない多忙なファンはしばしば、私のような暇な大学生と契約を結び、取引きをしていた。
たとえばこうだ。全11種の会場限定ブラインドグッズがある。購入上限はひとり30個まで。
私は全11人のアイドルのうち、自担を除く10人のアイドルのファンと、「手に入れた○○くんのグッズは全て貴女に定価+送料で譲渡しますよ」という契約をしていた。そして、早朝から行列に並んで30個マックスまでブラインドグッズを買い、その場ですべて開封して、契約者に割り振る。
よーするに、利益ではなく、自担のグッズを沢山引く機会とか、余った他アイドルのグッズを定価で買い取って貰う契約のために転売屋っぽいことをしていたのだった。もちろん、頼まれれば代理購入などもしていた。ちなみに、代行費などは取っていなかった。
さて、当時は毎年冬になるとプリライというライブイベントが開催された。
プリンスの中の人……声優さんたちが一堂に会して生で歌ったり踊ったりしてくれる夢のイベントだ。
同時に、会場限定グッズが多く発売される戦場でもある。
冬休みの大学生という最高に暇な立場だった私は、雪の降る早朝、横浜アリーナの前日物販会場に向かった。
その時、私と「取引」をしていたのは七人くらいだったと思う。
枠に空きがあったと記憶している。
各位
終了しました。ご依頼のあったグッズは無事に全て購入できております。
別途金額をDMします。お品物の受け渡し時間と場所は下記の通りです。
どうぞよろしくお願い致します。
午前十時ごろ、私は代購を頼まれたグッズの山と、ブラインドグッズを上限ギリギリまで買い込んで、横アリ近くのマクドナルドに入った。そして片っ端から缶バッジを開封した。
ブラインドグッズなので、缶バッジは中身が透けない小さな銀色の小袋に入っている。
中身のアイドルの柄を確認し、間違いがないようにキャラクターごとに分類、お約束している取引相手の手に確実に渡るように袋に詰める。
しかし、約束がない枠のアイドルのグッズが出てしまうこともある。
俗に言う、「迷子」になってしまうグッズ、引き取り手のいないアイテムだ。
そういう「迷子」については、その場で写真を撮り、譲渡の募集をかける。
譲)プリライ事前物販 来栖翔 神宮寺レン 缶バッジ
求)定価(郵送の場合は送料)
現在横アリ付近にいます。手渡し優先。FF 外からも気軽にお声掛けください
私は時計を見た。そろそろ約束の時間だ。私は荷物を纏め、迷子のグッズ達を小袋に戻し、ポケットに入れた。そして、マクドナルドの近くにある歩道橋下の喫煙所に移動した。グッズの受け渡しをするためである。
ところで、うたプリのアイドル達にはそれぞれイメージカラーがある。
音也くんなら赤だし、トキヤくんなら紫、真斗くんは青……みたいな感じだ。
プリライは一種のお祭りであるから、ファンは皆キャラクターのイメージカラーに髪の毛を染めたり、服をイメージカラーに寄せたりしている。
そんなわけで、うたプリファンは一発で見てわかる。
ネットで募った取引相手だが、初対面でもなんとなく「あ、この人赤いから音也くん枠の人だな」ってわかったりする。便利である。
そんな流れで、雪がちらちらと舞う中、歩道橋下の喫煙所で、私はグッズの取引をはじめた。
私自身はそんなに目立つ格好をしていたわけではないが、それでもやはり、プリンスパーカーというキャラクターグッズのパーカーを着ていた。自担は薄紫色がイメージカラーなので、薄紫色のやつである。
色を目印に、カラーギャングのフォロワーが次々に私に話し掛ける。ちょっと目立つ光景なので、知らない人が何事かと私の方を見ている気がしたが、人目を気にするくらいなら最初からオタクなんてやってない。
「あっ、蘭丸先輩の方ですね! 今回蘭丸先輩めっちゃ出たんですよ~缶バ4個と、アクキー5個です! それから代行グッズですね、ご確認ください!」
「寒い中ありがとうございます~これよかったら食べてください」
「差し入れまで! どうもありがとうございます!」
などと軽快にトークしながら、私は袋に詰めたグッズと、銀の小袋に入った缶バッジを差し出し、取引相手は現金を置いていく。
みるみるうちに私の荷物は減り、ポケットは千円札でいっぱいになって溢れそうになった。
粗方取引を終えて、私はスマホを確認した。マクドナルドで募集ツイートした翔くんの缶バッジを引き取りたいという担当の方が確認できたので、居場所をDMする。
「こんにちわ、ツイッターで……」
「あ、翔くんの方ですね」
前身ピンク色固めの人を確認して、私は缶バッジをポケットから取り出す。銀色の袋をさっと開封して中身を確認して貰い、手渡しする。翔担の方は千円札を何枚か私に手渡すと去っていった。
その時、視線を感じるな、と思った。
いや、割と最初からずっと私の方を見ているおっさんがいたのだが、ずっと無視していたのだ。身ぎれいとは言い難く、ちょっと近くには寄りたくない感じの挙動不審なおっさんだ。私は彼を無視してポケットの中の千円札を数えた。それから、反対のポケットにしまってある、迷子の神宮寺レンをどうしようかと考えた。ツイッターの募集にはリプライがつかないままである。
しょうがない、レンくんは持ち帰って、郵送交換にするか……。
そう思って私が動こうとしたとき、おっさんが速足で近づいてきた。
何!?
私は身構えた。
「あ、っ、あの、あの……」
おっさんはえらい剣幕である。
「それ、俺にも、俺にもくれッ……」
それ!?
それって何!?
私のポケットに入ってるのは神宮寺レンの缶バッジだが!?
おっさんレン担なの!?!?
んな訳あるか。
大量の現金と交換される銀の小袋。身なりが派手な女たち。
スマホをちらちら確認しながら客を探す私。
おっさんが身を乗り出す。
「覚醒剤? MDMA?」
違 う !
これは神宮寺レンの缶バッジだ!
全てを悟った私はダッシュで逃げた。なんつー誤解だ。だが、確かに誤解されて当然の振る舞いをしていた。えーん、違う違う違うんだ、これは神宮寺レンなんだ!!! 麻薬よりもやばいぜ神宮寺レンはよぉ! プレイヤーのことレディとか呼んでくるサックスの上手い神宮寺財閥の三男坊で声帯は諏訪部順一なんだぜぇ!
私はパニックになりながらマクドナルドに逃げ帰り、ツイッターに一部始終を報告した。
「麻薬の売人に間違えられたのでお取引場所変えます」
くっそバズった。2000くらいリツイートされた。私は通報されていないか恐る恐る何度も周囲を確認し、すごすごと自宅へ向かう電車に乗ったのだった。
最近は事後通販とか受注生産とかも増えたし、私みたいな転売屋もどきが路上でグッズ取引することも減ったのかなって思うけど、グッズの取引するときはみんなも気を付けてね。通報されたら大迷惑だからね。
おしまい
9/8追記:
またバズった。計算したら8年前だったんだけど、8年も前の私の珍プレーがこうして令和の世に拡散していくのを感慨深く思う。笑ってくれてありがとう。当時全身冷や汗かきながらレン担(仮)のおっさんから逃げた私が浮かばれます。
ちなみに、私が自分のことを転売屋もどきと称したのは、最近のオタク界隈では、定価譲渡であっても現金を介したグッズ取引がアウトみたいな価値観が散見されるからです。たぶんジャンルにもよると思うんだけど、わたしがうたプリを上がる直前くらいの時期には、うたプリ内でも「定価でお譲りします」って言うと「フーン…」という目で見られる感じだったので予防線を張りました。ジャンル差あるのかな。詳しくないからわからんな。
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