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大岡信(1931.2.16-2017.4.5) 『うたげと孤心 大和歌篇 同時代ライブラリー』岩波書店 1990年8月刊  Artie Shaw (1910.5.23-2004.12.30)"Softly, as in a Morning Sunrise" (1938.11.17)  吉田秋生(1956.8.12- )  川原泉(1960.9.24- )「本日のお言葉」  日記 2015年8月12日 夢かとよ見し面影もちぎりしも忘れずながらうつつならねば 新古今和歌集 1391

日記
2015年8月12日
体重50.5kg BMI 18.8
スクワット30回 懸垂2回
60歳7か月

今日
2015年8月12日は
吉田秋生さんの59歳の誕生日です。
吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956年8月12日 - )
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田秋生
「東京都渋谷区出身の女性漫画家。武蔵野美術大学卒業。
1977年に「ちょっと不思議な下宿人」で活動開始。
1983年に「河よりも長くゆるやかに」及び「吉祥天女」で
第29回小学館漫画賞を、
2001年に「YASHA -夜叉-」で
第47回小学館漫画賞を受賞。
『月刊フラワーズ』(小学館)で「海街diary」を連載中。」

『海街diary』のすずちゃんや風太クン達は中学生ですけど、
吉田秋生さんには高校生が主人公な作品がいくつもありました。
女子高が舞台の『櫻の園』1986、
男子高の『河よりも長くゆるやかに』1984-85、
共学高の『夢みる頃をすぎても』1983、
『ラヴァーズ・キス』1995-96 など。
もう今では、ずいぶん昔の少女マンガになってしまったけれど、
内容は古くなっていないと思います。
『海街diary』の脇役、藤井朋章は
『ラヴァーズ・キス』の主人公(の一人)だったなぁ。

読書メーター
吉田秋生の本棚
登録冊数126冊
http://bookmeter.com/u/32140/cat/9037


https://www.amazon.co.jp/dp/4103318147

https://www.amazon.co.jp/dp/4103318147

小説家、
小林信彦(1932.12.2- )の
440ページもある小説論
『小説世界のロビンソン』
新潮文庫 1992.8
表紙カバー 吉田秋生
http://www.amazon.co.jp/dp/4103318147
の中で、
『櫻の園』や
『河よりも長くゆるやかに』が、
『BANANA FISH』と対比して、
<純文学的> と評されていました。
<純文学的> には、
「くらい」とルビがふられています。

「一人の作家が両方
[エンタテインメントとしての『BANANA FISH』と
<純文学的> な『櫻の園』や『河よりも長くゆるやかに』]
を描いてしまうというのが不思議で、しかも、どれもが、
<少女まんが> として括られるのはぼくには信じがたい。」
p.403

小学館『月刊フラワーズ』サイト 2002.6
https://flowers.shogakukan.co.jp/migration/interview/interview_10.html
「現在振り返ってみて
『 BANANA FISH 』は吉田先生にとってどのような作品ですか?
別れた男。… 昔、愛したコトもあったわ。でももうあたしたちは終わったのよ。お互いいい思い出にしましょう。… なーんてな。(笑)
でもずっと言われンだろーな「昔あいつとつきあってたろ?」ってな。」

https://note.com/fe1955/n/nd4ee0aa3d636

https://note.com/fe1955/n/n37fdb2d1fbd5

https://note.com/fe1955/n/n389055649fe9


https://twitter.com/Hakusensha/status/631299007755632640

川原泉(1960.9.24- )
白泉社 @Hakusensha
#川原泉_本日のお言葉 8月12日
 それにしても
 貴様の刃物は手入れが悪い
 それでは切れ味も悪かろう
 仕事に使う道具はもっと大切に
 するものだ 職務怠慢だ
 《「架空の森」より》
https://twitter.com/Hakusensha/status/631299007755632640

「架空の森」
『花とゆめ』1986年13号掲載
『美貌の果実(花とゆめCOMICS)』白泉社 1987.2 収録
https://www.amazon.co.jp/dp/4592115783
『美貌の果実』白泉社文庫 1995.9 収録
https://www.amazon.co.jp/dp/4592883136
『川原泉傑作集 ワタシの川原泉II(花とゆめCOMICSスペシャル)』
白泉社 2013.12 収録
https://www.amazon.co.jp/dp/4592198913

https://note.com/fe1955/n/n1bb33000bc90

 

Artie Shaw (1910.5.23-2004.12.30)
"Softly, as in a Morning Sunrise" (1938.11.17)
https://www.youtube.com/watch?v=tWjc3jaXzvI
Artie Shaw And His Orchestra
https://archive.org/details/78_softly-as-in-a-morning-sunrise_artie-shaw-and-his-orchestra-o-hammerstein-ii-s_gbia0196106a
https://www.jazzstandards.com/compositions-1/softlyasinamorningsunrise.htm
https://en.wikipedia.org/wiki/Softly,_as_in_a_Morning_Sunrise
"a song with music by Sigmund Romberg and lyrics by Oscar Hammerstein II from the 1928 operetta The New Moon.
a song of bitterness and yearning for a lost love"
"The original song was composed as a tango, but many versions of the song have changed the tempo completely (there have been many jazz renditions)."
"Artie Shaw (arranged by Jerry Gray) helped popularize the tune with his recording in 1938."

この演奏はユーチューブで初めて聴きました。
アーティ・ショウ(1910.5.23-2004.12.30)という
クラリネット奏者・バンドリーダーの名前は
ジャズを聴き始めた高校生の頃(1970-72)から
知っていましたが、モダンジャズ以前の人なので、
アルバムを買ったことはありません

Softly as in a Morning Sunrise - Artie Shaw Orchestra
Artie Shaw directing the new Artie Shaw Orchestra featuring Dick Johnson.
Disneyland 1984
カラー動画
https://www.youtube.com/watch?v=g-R7HS2DmRo


夢かとよ見し面影もちぎりしも忘れずながらうつつならねば
 皇太后宮大夫俊成女
 和歌所歌合に、遇不逢恋の心を
新古今和歌集 巻第十五 恋歌五 1391
「夢であったのか、どうか。あの時見た姿も約束の言葉もはっきり覚えていながら、現実にはないところを見ると。」
『新日本古典文学大系 11』岩波書店 1992.1 p.405
建仁二年(1202)五月二十六日、仙洞影供歌合
[後鳥羽院が鳥羽城南寺において催した歌合]。
遇不逢恋 一度逢ったきり逢うことなく、却って一層思いが増すという題意。
とよ 駄目をおす気持。
うつつならね 現に訪れもなく、いつまでもという約束も果たされていないこと。
参考
「夢かとよ見しにも似たるつらさかな憂きはためしもあらじと思ふに」
(狭衣物語三)。
「面影に寄する恋」。
藤原俊成女(ふじわらのとしなりのむすめ 生没年未詳 1171?~1254?)
藤原俊成の孫で養女。新古今入集二十九首。勅撰入集百十六首。 https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原俊成女


http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/syunzejo.html

俊成女は、
隠岐での後鳥羽院による
『時代不同歌合』と
定家による
『小倉百人一首』のどちらにも撰入されていない。
何故だろう?
『新古今』では、
「したもえに思ひ消えなん煙(けぶり)だに跡(あと)なき雲のはてぞかなしき」が
巻第十二 恋歌二 巻頭歌で、
「かよひこし宿の道芝かれがれにあとなき霜のむすぼほれつつ」が
巻十四 恋歌四 巻軸歌という破格の処遇をされているのに。

2013年の立春、
2月4日から毎日一首づつ読み始めた
新古今和歌集の通読(つぶやき)が
四年かかって終わりました。
https://bookmeter.com/mutters/153791951
https://bookmeter.com/mutters/153744722
全二十巻
春夏秋冬賀哀傷離別羈旅恋雑神祇釈教
1995首
明日から再読
2017.3.26


大岡信(1931.2.16-2017.4.5)
『うたげと孤心 大和歌篇
 同時代ライブラリー』
岩波書店 1990年8月刊
339ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4002600319
「詞華集の編纂,歌合,連歌といった古典詩歌の創造の場としての
「うたげ」,それに対峙する「孤心」の営為――
日本詩歌史上の傑作の検討を通して,わが国の文芸の独自性を問い,
日本的美意識の構造をみごとに捉えた名著」

 2009年2月28日読了
福岡市総合図書館

『すばる』
1973年6月号~1974年9月号
六回連載
単行本
集英社 1978年2月刊
岩波文庫 2017年9月刊
https://www.amazon.co.jp/dp/4003120221
試し読み
https://bookwalker.jp/series/278972/
https://x.gd/KQdKo

聖心女子大学図書館に就職した
1978年の春頃に、
渋谷への通勤電車の中で、
都立立川図書館から借りた、
集英社版を読んでいたことを
憶えていますが、もう内容は
憶えていませんでした。

日本の古典詩歌について論じた評論ですけど、
私には、小説(謎解きミステリ?)を読むように
楽しめるエッセイです。

https://x.gd/KQdKo
https://x.gd/KQdKo
https://x.gd/KQdKo

https://honto.jp/ebook/pd_30684166.html?cid=nscl_rd
「目次
序にかえて
「うたげと孤心」まで
歌と物語と批評
贈答と機智と奇想
公子と浮かれ女
帝王と遊君
今様狂いと古典主義
狂言綺語と信仰
あとがき
この本が私を書いていた
 同時代ライブラリー版に寄せて
《解説》
「うたげと孤心」を支えるもの(三浦雅士)」

「「うたげ」という言葉は、掌を拍上(うちあ)げること、
酒宴の際に手をたたくことだと辞書は言う。
笑いの共有。心の感合。
二人以上の人々が団欒して生み出すものが「うたげ」である。
私はこの言葉を、酒宴の場から文芸創造の場へ移して、
日本文学の中に認められる独特な詩歌制作のあり方、
批評のあり方について考えてみようと思った。

…勅撰和歌集…古今集…新古今集…歌合…連歌…俳諧…
みんなで仲良く手をうちあっているうちに
すばらしい作品が続々と誕生するなら、こんなに気楽な話はない。
事実はどうか。日本詩歌史上に傑作を残してきた人々の仕事を
検討してみると、そこには「うたげ」の要素と緊密に結びついて、
もう一つの相反する要素が、必ず見出されるということに私は気づいた。
すなわち「孤心」。孤心のない人にはいい作品は作れないということは、
近代文学についてのみならず、古典文学についても言いうることだった。
しかし、その場合、詩人は単に孤心をとぎ澄まし深めるだけで第一級の
作品を生むことができるわけではない、というのが、少なくとも日本の
古典詩歌創造の場での、鉄則のごときものであるように、私には
観察された。」
p.ix
「序にかえて
「うたげと孤心」まで

今日[2009年2月]は、
紀貫之の自撰本貫之集、
万葉集の宴飲(うたげ)の歌や戯れ歌、
源氏物語の朝顔の巻、
大和物語の菟原処女(うなひおとめ)伝説などを取り上げた
最初の章、「歌と物語と批評」を読みました。
明日は次章「贈答と機智と奇想」です。

「私は、日本の詩歌あるいはひろく文芸全般、さらには諸芸道に
いたるまで、何らかのいちじるしい盛り上がりを見せている
時代や作品に眼をこらしてみると、そこには必ずある種の
「合す」原理が強く働いていると思われることに、
興味をそそられているのである。
これを方法論についていえば、懸詞や縁語のような単純な要素から
本歌取りまで、また短連歌から長大な連歌、俳諧まで、あるいは
謡曲の詞章にその好例を見ることのできる佳句名文の綴れ織りスタイル
のごときにいたるまで、一様に「合す」原理の強力な働きを示すものだ
といわねばならないし、これを制作の場についていえば、協調と競争の
両面性をもった円居(まとい)、宴(うたげ)の場での「合せ」という
ものが、「歌合」において典型的にみられるような形で、古代から現代に
いたるまで、われわれの文芸意識をたえず支配してきたということを
考えずにはいられないのである。

もちろんただそれだけで作品を生むことができるのだったら、
こんなに楽な話はない。現実には、「合す」ための場のまっただ中で、
いやおうなしに「孤心」に還らざるを得ないことを痛切に自覚し、
それを徹して行なった人間だけが、瞠目すべき作品をつくった。
しかも、不思議なことに、「孤心」だけにとじこもってゆくと、作品は
やはり色褪せた。「合す」意思と「孤心に還る」意思との間に、戦闘的な
緊張、そして牽引力が働いているかぎりにおいて、作品は稀有の輝きを
発した。私にはどうもそのように見える。
見失ってならないのは、その緊張、牽引の最高に高まっている局面
であって、伝統の墨守でもなければ個性の強調でもない。単なる
「伝統」にも単なる「個性」にも、さしたる意味はない。けれども
両者の相撃つ波がしらの部分は、常に注視と緊張と昂奮をよびおこす…」p.170
「帝王と遊君」

第四章にあたる
「帝王と遊君」は
「今様狂いと古典主義」と
「狂言綺語と信仰」の章に続いていて、
この帝王=今様狂いは
後白河院です。

本書の後半部分は、
後白河院と彼の編纂した
『梁塵秘抄』を扱っています。数年前に読んだ、
西郷信綱『梁塵秘抄』ちくま学芸文庫 2004.10
堀田善衛『家明月記私抄』ちくま文庫 1996
を思い出しながら、楽しく読みました。

読書メーター
大岡信の本棚
登録冊数14冊
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091529

「大岡信は、敦道親王、[藤原]公任、和泉式部の歌合戦に注目して、
あれは昔ふうの歌の名手が彼女の新風にすつかり辟易した事件で、
平安中期の好尚の移り変りがここに凝縮してゐる、といふ意味のことを
述べてゐたが(『うたげと孤心』)、事実、公任は花山院の命を受けて
『拾遺抄』を編んだとき、この女流歌人の詠は一首も収めなかつた。
その約十年後、この私撰集をもとにして花山院が『拾遺集』を編むに
当っては、巻第二十哀傷に
くらきよりくらき道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月
が一首撰入しただけである。そして次の勅撰集
『後拾遺』では撰入数は六十七。」
丸谷才一
『日本文学史早わかり』
講談社 1978年4月刊
講談社文芸文庫 2004年8月刊
p.72
https://note.com/fe1955/n/ncecbb5720ade
https://www.amazon.co.jp/dp/4061128949
https://www.amazon.co.jp/dp/B000J8PMH4

https://www.amazon.co.jp/dp/4061983784


https://note.com/fe1955/n/n8df1c95b5881

https://note.com/fe1955/n/n0d04f004682c



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