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鍋について書いてみる

ちょうど20歳でフリーランスになって30年経つ。「デザイナーって何をデザインしてるのですか?」と聞かれた時には「鍋やヤカンです。」と答えてきた。親戚の人からは「鍋やヤカンをデザインする人がいるのか?」と不思議がられるけれど、すべての製品はデザインされている。もちろん常に鍋のデザインをしている訳も無く、商品をイメージしやすいからそう伝えている。

実際に30年前は鍋のデザインを良く頼まれていた。燕や三条はステンレス製のキッチン用品を製造する工場が多く有り、中でも鍋は設備も多く必要で単価も比較的高く、例えるなら「女王」とでもいえる立場である。王様は包丁だろう。沢山の鍋をデザインして来たけれども今日、市場に残っている鍋は自分で流通させているFD STYLE ステンレス鍋だけだと思う。フリーランスになった91年に初めてグッドデザイン賞「中小企業長官特別賞」を取ったのが貝印株式会社のミシェフという鍋のシリーズ。96年にはヨシカワのパワーククッパルという鍋がグッドデザイン賞に選定されている。

グッドデザイン賞の中でも70年代から80年代にかけて鍋はかなりの商品が選定されている。日本の産業界においてデザインという概念を高度経済成長と共に普及させたのは鍋であろうと考えている。80年代にはよく琺瑯にプリント柄で森英恵デザインとされる鍋が良く有った。建築家の磯崎新はアレッシの鍋のツマミだけデザインしている。鍋に限らないがよほど著名でなければ(要するに販売上のメリットがない)デザイナーの名前など世の中に伝わらない。私が親戚の叔母さんに「鍋をデザインする人など必要か?」と問われるのもそのためだ。

今の日本で鍋は売れない製品である。積極的に商品開発される事は無い。そうじゃなくても売れるのだろう。商品をデザインする立場として考えなくてはならない事の一つは「売れるかどうか」であることは間違いない。今日売場で見かけるキチンとした鍋でデザイナーが一般に知られている製品は、佐藤商事の柳宗理、新しい方のレミパンの柴田文江、kaicoの小泉誠くらいだろうか。アレッシの深沢直人の鍋は販売されているのか分かりません。(敬称は省略させていただいています)

こうした製品の中で、近くで作られている事もあり製造所がハッキリしているのは佐藤商事の柳宗理の鍋くらい。柳宗理といえばバタフライスツールが有名だが、造形はともかくスツールとしての疑問があり、代表される製品としては「鍋やヤカン」であろう。日本製で人気のバーミュキュラのように製造メーカーがしっかりしてくればデザイナーの頼ることなく売れるのでデザイナー名など知られる事は無い。マーケティングの要素としてキャラクターが必要というだけであれば、デザイナーよりも料理研究家やタレントの方が良いのである。私自身も多くの料理人やタレントの方の製品デザインをさせて頂いた。その際の仕事は作業の要素が強く、お手伝いさせていただいたなどと表現される行為だろう。一生誰かの「お手伝い」で終わる仕事であり、それはデザイナーでは無いと考えている。

柳宗理の鍋は本人がなくなられた後も製品としての改良が続けられている。最初に製品を見た30年くらい前は本体がSUS430の単層鋼だった。それでいて鉄三層鋼と同じくらいの価格だったので驚いたのを覚えている。独特の注ぎ易さを優先した形状よりも「本体がSUS430の単層鋼」の方がインパクト高かったのである。これには理由が有って当時の鍋は鉄三層鋼が主流である為、鍋のフチの処理に悩むことが多く「本体がSUS430の単層鋼」というのは、インチキにしか感じられなかったからである。実際に柳宗理の鍋は現在アルミ三層鋼に変更されているようなのだが売場ではSUS430の単層鋼見かけないわけでは無い。購入の際は良く確認したほうが良いです。

80年代にステンレスが普及して、アルミの鍋からステンレスの鍋に変わりました。ステンレスは熱伝導が極めて悪いので、加熱調理に向かないのですが「多層鋼」と呼ぶステンレスの間に別の材料をサンドイッチすることで、熱伝導の悪さを補う事が出来るようになった事が大きな理由です。しかしコストが高く80年代は鉄三層鋼が主流でした。ステンレス(SUS304 18-8)の間に鉄を挟んで薄く圧延した材料です。表面はステンレスですが切り口の部分には鉄が露出してしまうのでフチをカールする必要があります。しかしそれをあえてしない商品もありました。羽生道雄デザインのヨシカワクックパルコレクションがそれです。この製品の初期モデルはフチのカールが無く錆が発生します。あえてそれを商品化し、世に問い、改良でカールしたモデルに変更となりました。

若者であった私はこうしたことが出来る(少なくとも工場が認めてくれる)のがデザイナーであると考えていました。その後に柳宗理の鍋が発表されました。フチのカールの無いフォルム。価格も20センチで5千円前後という普通の価格でありどの様な問題解決の手法を用いたのかと思ったら熱伝導は全く考慮せず「SUS430の単層鋼」だったのでスタイリングだけのデザイナーなのだと失望した事を覚えています。少なくともデザイナーである以上、ユーザーの声を応えなければなりませんが、道具として本来備えるべき性能や歴史を安直に無視してモノをつくるべきとは思いません。

FD STYLEのステンレス鍋はアルミ三層鋼を使っています。ステンレスの単層鋼は調理に向きません。80年代の鉄三層鋼では現在において商品価値は低いです。何故なら鉄と鉄とクロムの合金であるステンレスでは熱伝導率は1/4と違いますが、重量は同じくらいで道具に用いる価値がそれ程高くは無いからです。アルミはステンレスの4倍の熱を伝える鉄の更に3倍の熱伝導率があります。

ルクルーゼが人気になった時、個人的に納得できることが有りました。日本のホーロー鍋は芯材の鉄が薄く(たぶん1mm以下)表面のホーローにクラックが入りそこから発生する錆びにより使用不能となります。しかし、4ミリの厚さのある鉄鍋の表面にホーロー加工したなら長く使えるのだろうと想像しました。(実際はルクルーゼであっても底のホーローのクラックと錆の発生は問題になってますね)鉄の4ミリというのは煮込み調理等では熱を均一に伝え弱火でも鍋自体の蓄熱効果で美味しく調理する為の理想的な厚みだと思います。プレス加工では製造しずらいので鋳物でしか作れません。また、鉄は錆びるのでそれを防ぐためにはガラス質のホーローは理想的と考えられます。欠点は重さでしょう。そうした欠点を補うため長い歴史の中で生まれたのがアルミ三層鋼と考えます。

熱伝導の良いアルミは鉄の約3倍の熱を伝えます。アルミは柔らかくそのままでは酸化する(さびる)のでアルマイト加工や塗装します。そうした表面加工では完全ではないので薄いステンレスで挟むことでステンレス保温力とアルミの熱伝導良さを併せ持った鍋に向いた材質となります。材料の切断面は鉄三層鋼のように赤さびが発生する事も無く、切りっぱなしで問題ありません。アルミ三層鋼の2ミリから2.5ミリの厚さで鉄の4ミリと同じような熱の伝わり方をする鍋になるのです。鉄鋳物よりはるかに軽量で錆びない鍋が作れます。

デザインというとファッション、自動車、家電と考える人が多いだろう。グッドデザイン賞のホームページで受賞対象一覧の検索に「鍋」と入力して検索すると過去にグッドデザイン賞を受賞した「鍋」が表示される。1968年のグッドデザインを受賞した「鍋」は76点にもなる。試しに「イス」で検索してみたが単年では2004年が56点が最多である。日本の産業においてデザインを活用した製品として実は「鍋」が一番なのではないか?と考えている。高度経済成長期初期の日本の産業の中でデザインに期待し活用して製品は鍋なのに、消費者側から見た時「鍋」にデザイン的な要素など期待していないというギャップがデザイン本質を伝えられていない様に感じている。

グッドデザイン賞の中でもっとも最近「鍋」らしい受賞は2018年のFD STYLEステンレス鍋だと思う。1991年と1996年にも鍋でグッドデザイン賞を受賞しているが残念ながら現在製造されてはいない。FD STYLEステンレス鍋は自社の製品なので工場が作り続けてくれる限り販売できる。なるべくゆっくり時間をかけても多くの人に理解してもらえるように伝えていきたい。

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